妄執の終わり
――素晴らしい!
ザイードの感嘆が、ホールの壁という壁を震わせた。
――蛮人ながら、実に、実に褒めるに足る存在だ!
その不愉快な賞賛に、勝利の余韻は一瞬で霧散した。
ユウナ、ルシエラ、リリア。
三人の表情が、再び険しく引き締まる。
視線の先。
中央の円柱が、声の主の興奮を映し出すように激しく明滅していた。
青白かった光は、どこか禍々しさを帯び始めている。
まるで、狂った心臓が歓喜に脈打っているかのようだった。
――その魂……
ザイードの声が、粘ついた響きを帯びる。
獲物を舐め回すような、卑俗で、耐えがたい響き。
ユウナとルシエラが、本能的な嫌悪に肩を震わせた。
――穢れているからこその強さだ!
円柱の光が、いっそう強く脈打つ。
――見ろ!
見ろ見ろ見ろ!
これだ!
これこそ私が三百年求め続けた答えだ!
穢れは魂を強くする……! 私の理論が、今この瞬間、完璧に証明されたと言っていいだろう!
嗤い声がホールを満たした。
それはもはや、研究者の知性などではない。
果てなき妄執に呑み込まれた、狂人の咆哮だった。
――蛮人よ、その魂を私に差し出すことを許そう!
一方的に。
勝手に。
ザイードは、神にでもなったかのように言葉を重ねる。
――魂を新たなる器へ移せば、貴様は最強になれる! 蛮族の王ですら凌駕し、地上どころか、天界にさえ貴様を滅ぼせる者は存在しなくなるのだ!
歓喜が、声に滲む。
――しかも、永遠にだ……!
その誇大妄想の嵐の中で。
ユウナは、静かに鼻で笑った。
「穢れがあるから、強い?」
その一言が、鋭い刃となってホールを貫いた。
「違うわ」
ザイードの饒舌が、ぴたりと止まる。
ユウナは、円柱を見据えたまま言った。
「穢れているからじゃない」
一歩。
「……苦しんだからよ」
靴音が、冷たい床に響く。
「傷ついて、拒まれて、自分の価値を見失って。それでも生きようと足掻いてきたからこそ――今の私たちがあるの」
隣で、ルシエラがはっとしたようにユウナの横顔を見つめた。
ナイトメアとして生まれたこと。
角を持つこと。
穢れを宿すこと。
それによって向けられてきた視線。
孤独。
拒絶。
痛み。
だが、ユウナはそれを“強さの原因”とは言わなかった。
苦しんだから。
それでも選び続けたから。
だから今、ここに立っているのだと。
「魂を弄れば強くなれる? ……ふざけないで」
ユウナの声に、冷徹な怒りが混じる。
「魂は、道具じゃない。誰かの理論を証明するための部品でも、使い捨ての実験材料でもないわ」
彼女は剣を握り直した。
切っ先を、ザイードの“心臓”へ向ける。
「生きて、迷って、傷ついて。それでも選び続けてきた軌跡の積み重ねこそが、魂なのよ」
言葉が、静かに熱を帯びていく。
「それを都合よく切り貼りして、“進化”だなんて……」
一拍。
心底からの嫌悪を込めて、ユウナは言い放った。
「――気持ち悪いのよ」
剣を構える。
その瞬間、円柱の光が赤黒く染まった。
――蛮人よ! 感情に任せた愚かな行動は慎め!
ザイードの叫びが、悲鳴に近いものへ変わる。
――一時の衝動に身を任せ、人類の至宝たるこの知識を無に帰すつもりか!
円柱が、不規則に明滅する。
――蛮人は何も考える必要はない! そうだ、私が導いてやる! 私に従えば……
「五月蠅い」
ユウナの声が、ザイードの狂気を一刀両断にした。
次の瞬間、ユウナの身体が跳ねる。
魔力が奔流となって剣に宿る。
極限まで研ぎ澄まされた剣技が、青白い軌跡を描く。
この遺跡の心臓。
狂った知性の核。
魂を踏みにじり続けた妄執の中心。
――待っ……
そこへ向けて、ユウナの一撃が振り下ろされた。




