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ミスリルゴーレム①

「――【イニシアチブ・ブースト】ッ!」


 ユウナの鋭い号令が、戦闘開始の合図となった。


 賦術が発動した瞬間、一行の意識が加速する。

 世界がわずかに引き伸ばされ、巨大な守護者の駆動音すら低く、鈍く、遅れて聞こえた。


「気を付けてください~。ミスリルゴーレムにはクリティカルヒットが起こりません~っ」

 後方から、リリアの警告が飛ぶ。


 それは、運に左右される“致命の一撃”が通用しないということを意味していた。


 相手はミスリル鋼の塊。

 骨も肉も、急所もない。


 一発逆転の奇跡はない。

 ただ堅実に削り、耐え、実力だけでねじ伏せるしかない敵だった。


「【プロテクションⅡ】! ……《ファストアクション》! 《連続賦術》――【アーマーラストSS】、および【マナダウンSS】ッ!!」


 リリアの両腕で、ぱりん、ぱりん、と硬質な音が連続して響いた。


 《叡智の腕輪》が、過負荷によって砕け散る。

 だがその代償として、リリアの魔力は一瞬だけ限界を超えて跳ね上がった。


 増幅された術式が、ミスリルゴーレムの強固な抵抗力を無理やりこじ開ける。

 装甲を脆くし、魔力回路を鈍らせ、搭載火器の威力を削ぎ落としていく。


「腕輪、品切れです!」


 リリアが声を張る。


「効果時間が切れたら、私のデバフはもう二度と通りませんよ!」


 ユウナ戦で見せた“腕輪の山”は、あくまで一発勝負の戦術だった。

 全体的な継戦能力が求められる遺跡探索では、これ以上の無理は利かない。


 しかし――。


「十分よ、ルシエラ!!」


「見た目と裏腹に、本当に頼りになる人です……ねッ!」

 ルシエラが、爆音とともに地を蹴った。


 その全身から、膨大な闘気が溢れ出す。


「練技――【キャッツアイ】、【マッスルベアー】、【ガゼルフット】、【デーモンフィンガー】、【ジャイアントアーム】、【ケンタウロスレッグ】、【トロールバイタル】!」


 呼吸ひとつの間に、幾重もの肉体強化が重ねられていく。


 視界が研ぎ澄まされる。

 筋肉が膨れ上がる。

 脚は獣のようにしなやかさを増し、指先の感覚は刃先にまで届く。

 防御も、耐性も、反応速度も、すべてが臨界点へと押し上げられた。


「《全力攻撃Ⅲ》、《薙ぎ払いⅡ》並列発動ッ!」


 ルシエラの剣が、閃光のように走る。


「まずは四肢を削るっ!!」


 一閃。


 巨大な腕部と脚部をまとめて切り裂く。

 ミスリルの外殻が軋み、火花が弾け、内部の駆動系が露出した。


 だが、それで終わらない。


「《ファストアクション》! もう一発!!」


 間髪入れぬ追撃。


 鋼の皮膚がさらに捲れ上がり、巨体の可動部に深い亀裂が走った。


「《魔力撃》、および《全力攻撃Ⅲ》! 賦術――【ヴォーパルウェポンSS】ッ!」


 今度はユウナが踏み込む。


「練技――【キャッツアイ】、【マッスルベアー】、【ガゼルフット】、【スフィンクスノレッジ】ッ!!」


 ユウナの剣が、魔力と賦術の相乗効果によって青白い熱を帯びた。


 刃は斬鉄の域へ。

 魔力は研ぎ澄まされ、ホールの空気そのものを震わせる。


 ユウナの瞳が、ミスリルゴーレムの右脚を捉えた。


「らああああああッ!!」


 咆哮とともに放たれた一撃が、ゴーレムの右脚へ直撃する。


 装甲が爆ぜた。


「《ファストアクション》! 機動力を潰す!!」


 続く二撃目。


 バゴォォォォォンッ!!


 凄まじい火花と衝撃音とともに、ミスリルゴーレムの右脚が弾け飛んだ。


 巨体が大きく傾ぐ。


 自律稼働は維持している。

 だが、重量を支える基盤を失ったことで、その攻撃能力と機動力は致命的に損なわれた。


 三人全員が《ファストアクション》によって動作を重ね、最初の数秒で戦局の主導権を強引に奪い取ったのだ。


 ――ガゴゴ……目標、至近ノ二体……フルファイアー。


 しかし、怪物は沈黙しない。

 全身の砲身が、まるで捕食者の複眼のように、ユウナとルシエラへ向けられる。


 直後。


 視界を埋め尽くすほどの閃光。


 それは飽和攻撃という名の、死の豪雨だった。


「……ぐっ! ああああああっ!」


 大振りで放つ《全力攻撃Ⅲ》の直後である、ルシエラの回避はわずかに遅れた。


 強化された反応速度で致命傷こそ避ける。

 だが、無数の弾丸が身体を弾き、衝撃が肉を叩く。


 肩を抉り、脇腹を掠め、脚を打ち据える。


 ルシエラの身体が後方へ弾かれ、膝が床を叩いた。


 だが――。


 その弾丸の雨の中で、ユウナだけは“静止”しているかのように見えた。


 彼女は視ていた。


 放たれる火線の角度。

 砲弾の初速。

 砲身が震える微細な予兆。

 空間を切り裂く音の波。

 そして、着弾のコンマ数秒先にある未来。


 ユウナは舞うように動いた。


 あるいは、流れる水のように。


 一歩の無駄もない。


 右へ首を傾ける。

 左へわずかに肩を引く。

 足元を抜ける弾丸を紙一重でかわし、爆風すらも推進力へ変える。


 数十発の掃射。


 そのすべてが、ユウナには視えていた。


 弾丸は、ユウナに届かない。


 掠りもしない。


「ユウナ……っ!?」

 血を流しながら膝をついたルシエラが、その神業に目を見張る。


「……すごいです」


 後方で、リリアが小さく呟いた。


「本当に、この短期間で化けましたね……」


 人族の限界という絶望の淵から這い上がった戦士は。

 今、神の領域に等しい“未来視”をその双眸(そうぼう)に宿し――


 魔法銀(ミスリル)の戦闘機械を、圧倒しつつあった。

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