狂気の研究者
数多の魔動機兵を鉄屑に変え、幾重もの罠を退け。
傷つき、喘ぎ、それでも歩みを止めなかった一行は――ついに、遺跡の心臓部へと辿り着いた。
そこは、これまでの無機質な通路とは明らかに一線を画す異質な空間だった。
天井は、見えない。
照明が届かない……いや、届かせる必要がないのか、暗く、そして高く、空間そのものが圧し掛かってくるような錯覚を与える。
広大な円形ホール。
壁面には血管のような配線が無数に走り、その内部を青白い光が脈動していた。
規則的でありながら、どこか生理的な嫌悪を催すリズム。
まるで、この空間そのものが生きているかのようだった。
そして――中央。
巨大な円柱が鎮座していた。
透明で、何かとも判断のつかない未知の材質。
その内部では、光の奔流が血流のように巡り、鼓動するような周期で明滅を繰り返していた。
それは、ただの装置ではない。
この遺跡すべてを統べる、“核”。
まさしく、心臓だった。
「……これが、中枢?」
ユウナの呟きが、広すぎる空間に吸い込まれていく。
「すごいですね~……」
リリアが小さく息を漏らす。
「……でも、気持ち悪い」
その感嘆には、隠しようのない嫌悪が混じっていた。
ルシエラは無言のまま、剣の柄を握りしめる。
この空間に足を踏み入れた瞬間から感じている違和感。
肌を刺すような、拒絶感。
理屈ではなく、本能が告げている。
ここは、根本的に“間違っている”。
その中心に、自分たちは立っているのだと。
その時だった。
――蛮人が。我が聖域に、何の用だ。
低く、重く、辺り全てを震わせる声が響いた。
壁から。
天井から。
床から。
空間そのものが思考を持ち、言葉を発しているかのような、不気味な響きだった。
ユウナの目が鋭く細められる。
「……ザイードね?」
エリスから聞かされていた、この狂気の研究所の責任者。
『肯定します。当施設統括責任者、ザイード博士の音声信号を確認』
エリスの言葉と同時に、中央の円柱が激しく明滅した。
――蛮人ごときが、よくぞここまで来たものだ。
その声には確かな知性があった。
だが同時に――
そこには、人としての温度が一切存在しなかった。
すべてを削ぎ落したはずのその声に、残っていたものはただ一つ。
研究を進め、真理を解き明かし、なお先へと踏み込もうとする妄執だけだった。
ユウナが一歩前へ出る。
「あなたが、このおぞましい研究所を動かし続けているのね」
――動かしている。維持している。研究を継続している。
円柱の光が、脈打つ。
――真理の探究に、終わりなどないのだ。
「真理ですって……?」
ユウナの声に、はっきりと怒りが宿る。
「魂を弄び、人を実験台にし、挙句の果てに機械へ移し替えて……! あなたのしていることは、命への、魂への冒涜よ!」
その叫びは、ホール全体に反響した。
それは怒りだけではない。
目の前の存在を、否定しなければならないと言う――人としての本能的な確信だった。
だが。
――冒涜? 無知な。
ザイードの返答は、冷酷そのものだった。
円柱の光が、嘲笑うかのように強く脈打つ。
――魂とは、解明されるべき機構に過ぎぬ。
穢れも、生も、死も、すべては観測と再現の対象だ。
人は弱い。短命で、あまりに脆い。
その声に、一切の揺らぎはない。
――ならば、より優れた器へ移し替え、より優れた在り方へ進化せねばならん。
「それを……」
リリアが低く呟く。
「人の進歩だとでも言うんですか~?」
――その通りだ。
迷いなく答える。
――愚かな肉体に縛られ、「限界」という幻想に怯える旧人類には理解できぬだろう。
我々はその先を目指した。
超人類を。
永続する知性を。
一拍。
――人族の、次なる段階をな。
「ふざけないでッ!」
ユウナが地面を蹴飛ばした。
「人は弱いからこそ支え合うのよ! 限界があるからこそ、限られた時間の中で生き方を選ぶの!」
その声は、怒りと確信に満ちていた。
「あなたがやっているのは進化じゃない! 命をただの“部品”にしているだけだわ!」
沈黙。
だが、その言葉が届くことはなかった。
言葉は交わされたが、もはやそれは対話の場ではない。
狂気が、自らの正当性だけを反響させる空間だった。
――これ以上、蛮人の戯言に割く時間はない。
重い宣告。
――排除せよ。
直後。
重々しい駆動音がホールに響いた。
壁面の一部が左右へと開き、暗闇が口を開ける。
その奥から現れたのは、圧倒的な質量。
鈍い光沢を放つ、ミスリル製の重装甲。
「ミスリルゴーレム…っ!」
リリアが緊張の声を上げた。
ミスリルゴーレムのモンスターレベルは、かつてのドラゴンゾンビと同じ20
しかもそれは、通常のミスリルゴーレムとは明らかに異なる存在だった。
肩。
腕。
胸。
脚。
全身の至る所から、禍々しい砲身が突き出している。
近接格闘能力を前提とした構造に、明らかに過剰な火力を増設した異形。
人型でありながら、それはもはや――“移動砲台”。
殺戮のためだけに最適化された魔法銀の兵器だった。
ルシエラの表情が、鋭く引き締まる。
リリアは杖を握り直し、避けられない戦闘へと意識を切り替える。
ユウナは、その巨体を見上げ――小さく息を吐いた。
「最後にまた、とんでもないのが出てきたわね……」
だが、その口元には笑みが浮かんでいた。
「でも――私とルシエラが“掴んだもの”を試すには、ちょうどいい相手かしら」
『識別。ラボラトリー・No.9最終防衛機構〈ミスリル・アームド・ガーディアン〉。危険度、極大』
エリスの警告と同時に。
ゴーレムの全身に備えられた砲身が、一斉に角度を変えた。
狙いは――三人。
ユウナとルシエラが自然と間合いを取り、リリアも淀みなく後方へ下がる。
迷いがない、連携を得るための最適な布陣。
ユウナは剣を抜き放つ。
そして静かに。だが、確かな意志を込めて言う。
「……行くわよ」
その一言で十分だった。
ルシエラが音を置き去りにして地を蹴る。
リリアの詠唱が、空間を震わせる。
敵は、理屈も言葉も通じぬ“技術の怪物”。




