攻略法
「さて、どうしたものかしらね」
荒い息を整えながら、ユウナは膝を払って立ち上がった。
視線の先には、何事もなかったかのように長い通路が伸びている。
白い灯りに照らされたその直線は、先ほどの狂気じみた光の網など存在しなかったとでも言いたげに、ただ静かだった。
しかし、今のユウナたちには分かっている。
あそこは通路ではない。
もはや処刑場だ。
「途中でいくつかあった部屋を、念入りに探索してみますか?」
ルシエラが尋ねる。
「パスというものが見つかれば、正規の手順で通れるかもしれません」
もっともな提案だった。
だが、ユウナは渋い顔で首を横に振る。
「見つかればいいんだけどね……」
小さく息を吐く。
「私の経験上、魔動機文明の遺跡で“鍵”が必要な場所があって、実際にその鍵が見つかったことなんて、ほぼないわよ」
大抵は風化している。
あるいは、元々残されていないか、とっくの昔に略奪されている。
最悪の場合、鍵だけが壊れていて、扉や罠は元気に稼働している。
古代遺跡探索において、それは珍しくもない嫌がらせだった。
ユウナはエリスへ視線を向ける。
「ねえ、エリス。あなたはパスを持っていないの?」
『所持しておりません』
エリスは即答した。
『当機にはトラップが反応しない設定となっているため、自由な通行が可能です』
「それなら、あなたが向こう側に行って停止ボタンを押してくれれば……」
ルシエラが期待を込めて言う。
だが、その期待はすぐに断たれた。
『それは実行できません』
エリスの声は、どこまでも平坦だった。
『外部権限によるトラップ解除は、登録された生体反応を持つ人類にのみ許可されています』
「まあ、当然よね……」
ユウナは顎に手を当てた。
どうにもよく出来ている。
施設維持や案内用のガイノイドは罠に引っかからない。
それと同時に解除はできない。
つまり、正規の人間にしか奥へ進ませないための仕組みとしては、実に合理的だった。
ユウナとルシエラは、揃って腕を組む。
難攻不落のパズルを前にしたような、重い沈黙が通路を満たす。
その中で。
「あの~、今さらなんですけど~」
リリアが、遠慮がちに片手を上げた。
その声には、ほんの少しだけ呆れが混じっている。
ユウナとルシエラが、同時に振り向く。
「【テレポート】で、ボタンのところまで瞬間移動しちゃえばいいんじゃないですか~?」
「…………あっ」
完全に、時が止まった。
ユウナの目が丸くなる。
ルシエラは、ぽかんと口を開けたまま首を傾げている。
数秒。
さらに数秒。
それから、ユウナが顔を赤くしながら叫んだ。
「……ちょっと! もっと早く言ってよ!!」
「そんなの知りませんよ~」
リリアも負けじと言い返す。
「ユウナさんが使える魔法なんですから、私が思い出しただけでも御の字だと思います~」
【テレポート】。
真語魔法、第十三階位。
見えている場所や、自分が行ったことのある場所へ、瞬時に移動することができる。
最高位の真語魔法使いだけが扱える、瞬間移動の魔法だ。
人族の限界という壁にぶつかり、焦燥に駆られ、無茶な冒険と鍛錬を繰り返した半年間。
ユウナは身を削るように魔術の深淵へ踏み込み、ソーサラーとしてさらに高みへ至っていた。
その結果として、半ば当然のように習得していた魔法。
だがこの半年、ユウナの意識は「強さ」と「限界」と「届かない壁」にばかり向いていた。
戦うための力。
斬るための技。
勝つための手段。
便利に使える魔法という発想が、綺麗に抜け落ちていたのだ。
「ばか……」
事態を理解したルシエラが、ぽつりと呟いた。
「え?」
「ユウナのばか!」
次の瞬間、ルシエラは涙目になって、ぽかぽかとユウナの肩を叩き始めた。
「大事なことを忘れて、あんな無駄なことで命を危険に晒して……! ばか、ばか、ばか、ばか!」
「そ、そんなにバカバカ言わないでよ、私だって必死だったんだから……」
「必死になる前に思い出してください!」
正論だった。
ユウナは何も言い返せなくなる。
リリアはその様子を見て、くすくすと笑った。
「ふふふ……ユウナさんは、隙がないのに隙だらけだったりするんですよね~」
「……ぅぐっ!」
その一言は、先ほどの光線よりも深くユウナの精神を切り裂いた。
極めて高位の魔術師にしか使えない大魔法。
それを、罠を解除するボタンの前まで移動するためだけに使う。
魔術的には高度。
状況的には簡易。
気分としては、ひどく恥ずかしい。
気まずい沈黙の中、ユウナは小さく咳払いをした。
そして、魔法を行使する。
「真、第十三階位の転。瞬間、移動、空間、強化――」
「によによによ……」
「リリア、うるさい――転移」
「なにも言ってませ~ん」
「……【テレポート】」
空間が歪み、ユウナの姿が霞んで消える。
次の瞬間には、彼女は通路の最奥、解除ボタンの前に立っていた。
そして無言でボタンへ手を伸ばす。
……ポチ。
乾いた音が響く。
通路の壁に走っていた微かな魔力の流れが、ふっと消えた。
『トラップの停止を確認しました』
エリスが淡々と告げる。
ユウナが奥の扉の前から手招きする。
その顔は、勝者のものではない。
むしろ、できれば誰にも見られたくなかった場面を見られた者の顔だった。




