命がけの挑戦
数メートル進んだところで、一本目の光線が現れた。
音はない。
警告もない。
ただ、虚空に一本の白い線がすっと引かれた。
高さは、人間の脛ほど。
「出現パターンは一定なのかしら?」
ユウナは足を止めず、冷静にそれを観察した。
一方、後方で見守っていたルシエラは、思わず喉を鳴らす。
「……っ」
ぎゅっと、握る拳に力が入る。
避けるだけなら、難しい速度や高さではない。
それは分かっている。
だが、万が一失敗すれば……脚が落ちる。
その想像が、どうしても頭から離れなかった。
ユウナが傷つく光景を想像してしまうことへの、耐えがたい緊張。
だが、当のユウナは迫りくる光線を、散歩の途中で水たまりを避けるような気軽さで――
ぴょん、と飛び越えた。
「……ルシエラさん、力が入りすぎですよ~」
リリアがのんびりと言う。
「……分かってはいるのですが、どうしても緊張してしまって」
「まあ、気持ちは分かりますけどね~」
そんな会話を背に、ユウナは通路の奥を見据えたまま歩を進める。
「最初からそんなに強張ってたら、向こうに着く頃には石像になっちゃうわよ」
「……石像になっても構いません」
ルシエラは真顔でそう言って、更に硬く拳を握った。
「あらあら~」
リリアが困ったように笑う。
さらに数メートル。
一本目の時と同じ高さに、二本目の光線が出現した。
ユウナはそれを見据える。
速度、高さ、到達時間。
飛ぶべきタイミングは、すでに読めている。
そして――
その瞬間、ユウナは唐突にその場へしゃがみ込んだ。
「ユウナ!?」
ルシエラが叫ぶ。
直後、光線が脛の高さの軌道から、不自然に跳ね上がった。
先ほどまでユウナの胴体があった空間を、鋭く、水平に薙いでいく。
「……いやらしい仕掛けね」
ユウナは低く呟き、口の端を吊り上げた。
そこから先は、悪意の波状攻撃だった。
光線の本数が二本に増える。
速度が突然、不規則になる。遅くなったかと思えば、次の瞬間には加速する。
左右にぶれ、床すれすれを這い、胸元を狙い――あまつさえ、一度通り過ぎたはずの光線が逆戻りして、背後から襲ってきた。
「これ作ったの誰よ! 性格悪すぎない!?」
ユウナの声が通路に響く。
奥へ進めば進むほど、回避の難度は跳ね上がっていった。
出現から到達までの猶予は短くなり、心構えをする暇すら与えられない。
昨夜掴んだ“未来視”の感覚がなければ、とっくに身体のどこかが綺麗に切り落とされていただろう。
『考案者はビルキン博士です』
エリスが、平坦な声で答えた。
「知らないわよ、そんなの!」
『「誰が作ったのか」と問われたのでお答えしました』
「真面目か!」
死線の上で踊るユウナと、数十メートル後方に立つエリス。
その間で、妙に噛み合わない会話が交わされる。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
ルシエラはその場で固まったまま、荒い呼吸を繰り返していた。
自分が戦っているわけでもないのに、汗が頬を流れ、全身が強張っている。
リリアはその隣で、ぽつりと呟いた。
「カオスですね~」
そして――
ついにゴールまで残り五メートル。
最奥の解除ボタンが、手を伸ばせば届きそうな距離に見えてきた。
おそらくはこれが最後であろう光線が現れる。
「これを避ければクリア……って、はぁ!?」
その瞬間、ユウナの顔が驚愕の表情に変わった。
彼女は即座に回れ右をする。
そして、全力でルシエラたちのいる安全圏へ向かって駆け出した。
次の瞬間。
光線が、通路の形そのままに広がった。
密な網目状の光の壁。
床から天井まで、左右の壁から壁まで。
逃げ場を完全に塞ぐ、白い断裁の格子。
「こんなの反則でしょぉぉおおおおおおお!!」
ユウナの叫びが通路に響く。
光の網は、獲物を追い詰める捕食者のように速度を上げ、ユウナの背後へ迫った。
「ユウナぁああああああああ!!」
ルシエラが駆け出そうとする。
「ダメですぅうううう!!」
リリアが背後からしがみつき、必死に止めた。
「離してください!」
「離したら二人とも細切れですからぁ!!」
光の網が、ユウナのなびく後ろ髪に触れる。
ふわり、と。
切断された毛先が宙を舞った。
その刹那。
ユウナは床を蹴り、決死の跳躍で安全圏へ飛び込んだ。
何度か床を転がったあと、反射的に身を起こそうとする。
その直後、光の網はエリスの眼前まで音もなく迫り――
ぷつりと掻き消えた。
それを確認すると、ユウナの身体から力が抜けて、床に突っ伏して深い息を吐いた。
ルシエラは真っ青な顔で、今にも泣きそうに固まっている。
リリアは、ルシエラを押さえ込むのに力を使い果たし、その場にへたり込んでいた。
「わたし、ルシエラさんを抑えてばかりな気がします~」
そんな三人の姿を、エリスの無機質な瞳が静かに映していた。
みんなのトラウマ




