トラップ
『この先の通路は……』
深部へと続く、五十メートルほどの長い直線通路。
エリスは立ち止まり、無機質な声でその回廊を指し示した。
白い照明に照らされた通路は、やはり異様なほど清潔だった。
床にも壁にも目立った傷はない。
だがその完璧さが、かえって不穏だった。
『パスを持たない不法侵入者を捕らえるための、防衛トラップが設置されています』
「そういう情報、侵入者である私たちに教えてもいいものなのかしら……」
ユウナは軽く眉を上げる。
「まあ、助かるから文句はないんだけど。どんなトラップなの?」
『一定距離を進むたびに、前方から光の線が迫ってきます』
エリスは淡々と説明を続けた。
『本来は、それに触れると光がロープ状に変化し、対象を拘束します。その後、駆けつけた警備員が身柄を取り押さえる仕組みです』
そこで一度、わずかに間を置く。
『トラップを停止させるには、通路の最奥にある解除ボタンを押す必要があります』
「ふぅん……」
ユウナは通路の奥へ目を凝らした。
確かに、最奥の壁に小さな装置らしきものが見える。
距離はあるが、形状からして押しボタンの類だろう。
「でも今は、警備員なんていないんでしょう?」
ユウナは肩をすくめる。
「仮に縛られたとしても、そのまま床を転がって奥までたどり着けばいいんじゃない?」
あまりにも雑な攻略案だった。
ルシエラが顔をしかめる。「それはそうかも知れないけど、縛られたまま転がるユウナなんて……」とでも考えているのか、どこか複雑そうな表情である。
リリアはにこやかに笑っている。「それもそれで見てみたいですね~」と言いたげな顔だ。
だが、エリスは感情のない声で補足した。
『ただいま施設の異常稼働により、拘束用光線の出力が限界を超えて上昇しています』
「……?」
ユウナの表情が、理解を越えた表現に触れて、真剣な物になる。
「どういうこと?」
『光線が、触れたものを切断します』
「………………」
空気が凍った。
拘束。
捕縛。
不法侵入者の確保。
その言葉から想定していた安全圏が、一瞬で消える。
だが、その中で一人だけ、目を輝かせた者がいた。
「面白そうですね~」
リリアだった。
彼女は鼻歌でも歌い出しそうな調子で、懐から小さな人形を取り出す。
それを床にそっと置き、杖の先で軽く触れた。
「――【コマンドドール】」
人形の目に、小さな魔力の光が灯る。
「通路の奥まで歩いて行ってください~」
命令を受けた人形は、トコトコと通路の奥へと進み出した。
三人は、その動きを黙って見守る。
何も起きないまま数メートル進んだ、その時だった。
通路の奥で、鮮烈な光が生まれた。
一本の線。
左右の壁の隙間から伸びた、極細の糸のような光。
高さは人間の脛ほど。
だが人形にとっては、ちょうど首の位置だった。
それが、滑るようにこちらへ迫ってくる。
速い。
だが、追えないほどではない。
光の線は、音もなく人形を通り過ぎた。
――ス……。
遅れて、こつん、と小さな音がした。
人形の首が床に落ちた音だった。
胴体は、自分が切断されたことに気づいていないかのように、さらに数歩だけ進む。
そして、糸が切れたようにぱたりと倒れ伏した。
光の線はなおもユウナ達の方へと進む。
そしてそこまでが可動範囲である様で、エリスの数センチ手前でふっと掻き消える。
通路には、首の落ちた人形だけが残った。
「……物騒極まりないわね」
ユウナが低く呟く。
「出現する光線を避けながら、奥まで進め、ということですか?」
ルシエラの声も硬い。
その問いに、ユウナは直接答えなかった。
代わりに、身に着けていた金属鎧の留め具へ手をかける。
かちり。
ひとつ外れる。
さらに、もうひとつ。
「ユウナ?」
ルシエラの表情が変わる。
「……まさか」
「ええ」
ユウナは迷いなく鎧を外していく。
「弓を持ったシューターでもいれば、あのボタンを狙い撃って終わりでしょうけど、あいにくこのパーティにはいないわ」
重い金属鎧が、床へ静かに置かれる。
身軽になったユウナは、肩を回し、次いで屈伸運動。
呼吸を整え、通路の奥を見据えた。
「……なら、一回挑戦してみましょうか」
そう言って、しなやかに指を鳴らした。




