遺跡へ
ギルド長室。
二人がリリアを連れて入室すると、話はすぐに本題へ入った。
「成程……」
ギルド長は腕を組み、ゆっくりと頷く。
「探索の確度が上がるなら、協力者はもちろん大歓迎だ」
実務的な判断は早い。
「報酬も追加で用意しよう」
リリアの同行については、むしろ願ったりだった。
以前のドラゴンゾンビ戦で、その実力は十分に証明されている。
高位の錬金術師にして操霊術士。
正確な支援。
冷静な判断。
それだけでも十分に価値がある。
加えて、ユウナとの一対一で圧倒した、という噂まで流れていた。
ギルド長は内心で首を傾げる。
どう見ても、リリアは近接戦の技量を持つようには見えない。
そんな彼女が、ユウナに勝つ……想像が追い付かない。
まあさすがに眉唾ものだなと、そう思った。
一瞬だけ逸れた思考を、ギルド長は咳払いと共に元へ戻した。
「あとは、発見されたものの扱いについて……か」
その点になると、さすがに表情が慎重になる。
ユウナとルシエラはギルド所属だ。
余程のことがない限り、最終的にはギルドの方針に従うだろう。
だが、リリアは違う。
ギルド長は、ちらりとリリアの方に視線を走らせる。
「……(にっこり)」
その視線に気づいたリリアが、軽く首を傾げてにっこりと微笑んだ。
――隙がない。
そして、柔らかく、穏やかな見た目の印象とは別に、そこにははっきりとした自立心がある。
遥か遠い大陸から、一人でこの地へ渡ってきた女。
困難な旅路を越え、ギルドの庇護を受けずに冒険者相手の商売を始めた女。
自分の意志でグレータードラゴン討伐に参加し、さらに前提が崩れたドラゴンゾンビ戦にも協力した女。
流されてここにいる人間ではない。
自分の意思で立ち、自分の意思で足跡を刻んできた傑物。
正面から対立すれば、恐らくギルド側もタダでは済まないであろうと、そんな薄ら寒さすら感じられる。
ギルド長は、短く息を吐いた。
それでも、遺跡探索が上手くいかなければ、何も始まらない。
危険度AからS。
門番にウォードゥーム。
その先に何があるのか、誰にも分からない。
大きな危険が予測される遺跡だ。
ユウナとルシエラを失うようなことがあれば、遺跡の価値だの発見物の扱いだのと言っている場合ではない。
万が一の可能性は、少しでも減らしたい。
そう考えれば、答えは決まっていた。
「分かった」
ギルド長は、はっきりと言った。
「ギルドとしては、最終的には国に判断を委ねることになるかもしれない」
一拍置く。
「だが、リリア女史の意見については最大限考慮することを約束しよう」
「それで十分です~。ありがとうございます~」
これでリリアも正式な探索隊の一員になった。
―――
「いるわね」
深い森の奥。
そこにあったのは、もはや“建造物”と呼ぶにはあまりにも朽ち果てた残骸だった。
かつては何らかの施設だったのだろう。
だが今は、巨木の根に抱かれ、幹に飲み込まれ、長い年月の中で森の一部へと変わりかけている。
生い茂る葉が、天然の天蓋となっていた。
それが雨風を防ぎ、結果としてその残骸は完全な崩壊を免れてきたのかもしれない。
その入口付近に、苔むした巨体が、じっと佇んでいる。
一見すれば、ただの朽ちた金属塊だがそうではなかった。
ボディ全体を覆う苔の隙間から、規則的に明滅する光が覗いている。
「資料によると、目視タイプです~」
ルシエラの隣で、リリアが静かに説明する。
「視界は全方位。20メートル以内に近づけば、警告とともに臨戦態勢に入るようですね~」
愉しそうに目を細める。
「魔法で姿を消せば、気付かれずにやり過ごせるそうです~」
ユウナはその言葉を聞いて、小さく息を吐いた。
「まあ、こんなところで知恵を絞ってやり過ごすほどの相手じゃないわ」
淡々と。
その声には、もはや以前のような焦りはない。
あるのは、油断のない余裕だけ。
「ですね~」
リリアも同じ温度で頷く。
そして、ふと思い出したように付け加えた。
「ああ、できれば、あんまり細かい傷をつけないように倒してください~」
レベル9の魔動機、ウォードゥーム。
中級冒険者にとっては、鬼門とまで言われる存在。
攻防のバランスに優れ、下手をすれば上級冒険者であっても手痛いダメージを受けかねない名機。
だが、この場にいる三人の空気は妙に軽い。
緊張感がないわけではない。
ただ、“脅威”としては見ていないのだ。
「一応、バフです~」
リリアが手際よくカードを切る。
【ヴォーパルウェポンB】
一枚20ガメルの、最低限の支援。
ユウナが呆れたように苦笑いした。
「ケチったわね……
それくらいなら、何もしないで見てればいいのに」
リリアは悪びれる様子もなく笑った。
「何もしないと、分け前にありつけませんから~」
「そんなセコいこと言わないわよ」
「ふふ、分配のルールは大事です~」
もっともらしい顔で言う。
実際には、もうこの時点で三人の意識の中でウォードゥームは“戦利品”に近い存在になっていた。
ちなみに、取り分については揉めることなく頭割りで即決している。
ルシエラが、一歩前に出る。
「では、私から行きます」
静かな声。
木の陰から、すっと姿を現す。
ウォードゥームのボディ下部で光が強く瞬いた。
警戒態勢への移行。
だが。
それが完了するより早く、ルシエラの身体が、消えた。
――いや、速すぎて見えなくなっただけだ。
踏み込み。
接近。
一閃。
金属を断つ、鋭い音。
続けてもう一撃。
わずか数秒の出来事、森はざわめく間もなく静けさを保っていた。
ルシエラの傍らには、すでに動かなくなったウォードゥームが横たわっていた。
その機体に残っているのは、剣で断たれた痕が二か所。
必要最小限。
無駄のない、完璧な処理。
ルシエラは、何事もなかったように振り返る。
「魔動機部品を回収するならお願いします」
「は~い」
リリアが上機嫌に近づいていく。




