新しい依頼
ヴァルクレアの街は、久方ぶりに明るい活気を取り戻していた。
ここ半年あまり、街にはどこか重い空気が漂っていた。
明確な事件があったわけではない。
しかし、街を救った英雄であるユウナとルシエラが、何かに追い詰められるように戦い続けていることを、人々は肌で感じ取っていた。
笑わない英雄。
傷だらけで帰ってくる二人。
物も言わず、ただ生きるためだけの食料を買っていく姿。
リリアの工房へ無言で消耗品を買い足しに行く背中。
その閉塞感は、いつしか街全体を覆っていた。
だが今朝の朝刊が、その空気を一変させた。
<深夜のハイペリオン、下着姿で爆走!>
あまりにも強烈な見出し。
魔動機術【マナカメラ】の記録をもとに描き起こされた挿絵。
夜の街を下着姿で駆け抜けるユウナとルシエラ。
人々は最初、目を疑った。
次に吹き出した。
そして、ようやく安堵した。
――ああ、あの二人が戻ってきたのだ。
笑い声が市場に広がり、酒場では朝からその話題で持ち切りになった。
鍛冶屋は槌を振るいながら豪快に笑い、子供たちは「ハイペリオンごっこ」と称してパンツ一枚で路地を走り回った。
記事を書いた記者には、新聞社から金一封が贈られたという。
当然、記録元となったマギスフィアの映像を見たいという者は後を絶たなかった。
一部の好事家などは、映像が記録されたマギスフィアそのものを譲ってほしいと大金まで積んだ。
だが、記者は断固として拒否した。
「私はジャーナリストとして、今回の件は記事にすべきだと確信した。そのため、映像を絵という形で公表はした。
だが、それ以上の公開は私の職務の範囲外である。ましてや件の映像は、金銭によって取引される類のものではない」
後日、その言葉を知ったユウナは、しばらく沈黙したあとで低く呟いた。
「無駄に立派なのがムカつくけど……まあ、新聞社に怒鳴り込むのはやめておくわ」
何はともあれ、この騒動は、ユウナとルシエラという存在の大きさを、改めて街中へ知らしめる出来事となった。
もっとも――当人たちにとっては、笑い話では済まなかったわけで。
「……今日は、ギルドに行きたくありません」
朝刊を見てユウナがひとしきり爆発した後、ルシエラは部屋の隅に座り込んでいた。
耳まで赤い。
膝を抱え、顔を伏せたまま動こうとしない。
「あんな姿を晒されて……恥ずかしくて、外なんて歩けません」
その声は、戦場で竜の前に立った時よりもよほど切実だった。
ユウナは深々とため息をつく。
「もう……」
呆れたように言いながらも、その顔には明らかな苦笑が混じっている。
「まあいいわ。じゃあ今日は、私一人でギルドに行ってくる」
ぴくり……と、ルシエラの肩が動いた。
ユウナはそれを見逃さず、わざとらしく続ける。
「その代わり……」
少し間を置き、悪戯っぽく笑った。
「私がどんな依頼を受けてきても、文句言っちゃダメよ?」
「………………」
結局、ユウナを一人で行かせるわけにもいかず、ルシエラは顔を隠すようにフードを深く被り、彼女の隣にしぶしぶと付いていくことになった。
―――
ギルドに着くなり、二人はギルド長室に呼び出された。
「夜中に訓練場を無理やり開けさせるのはやめろ。備品を壊すな。地面に亀裂を作るとか、修理費を誰が出すと思っているんだ」
一息で小言を食らった。
そしてギルド長は「それから、これだ」と机の上に件の朝刊を広げた。
ルシエラの顔が再び真っ赤になる。
「昨晩お前たちに応対した職員が、同僚や他の冒険者から詰め寄られてな。役得だのなんだのと、嫉妬混じりの羨望をぶつけられて参っていたぞ」
「分かった、悪かったわ……私たちも余裕がなかったのよ」
ユウナは両手を軽く上げ、降参のポーズを取る。
その様子を見たギルド長の顔に、微かな安堵の色が浮かんだ。
そこには自分を取り戻したユウナがいた。
沈み込んでいた影のある少女でも、焦燥に身を焼かれた戦士でもない。
自然体で“ハイペリオン級”の風格を纏い、軽口の中にも揺るぎない自信と余裕を含ませる。彼がよく知る、信頼に足る彼女の姿だ。
「その様子なら、任せられそうだな」
言いながらギルド長が取り出したのは、一枚の依頼書だった。
<魔動機文明時代の遺跡探索>
新たに発見された遺跡。
その入り口付近、内部に入る前の所からモンスターレベル9の戦闘用魔動機である、ウォードゥームが確認されているという。
ギルドはこの遺跡の危険度を、少なくともA、最終的にはSランクと判断していた。
「遺跡探索は単なる宝探しではない」
ギルド長が表情を引き締める。
「過去の失われた技術。それを活用できれば人族の発展に繋がるが、一歩間違えば危険な因子を解き放つことにもなる。
かつて、遺跡の暴走で一面が荒野と化した記録もあるからな」
ギルド長はじっとユウナの目を見据えた。
「門番にウォードゥームが配備されているレベルだ。最奥がどうなっているか、想像もつかん。……受けてくれるか?」
ユウナとルシエラは顔を見合わせた。
昨日掴んだ、理外への足掛かり。それを試すには、これ以上ない舞台だ。
「ええもちろん。私たちもちょうど、新しい力を試したかったところよ」
ユウナの不敵な笑みは、次なる冒険の始まりを告げていた。




