第三ラウンド:断罪と覚醒
「――【カース・ドール】」
無慈悲に突き立てられた杖が、人形を介してユウナの意識を激痛の檻へ閉じ込めた。
全身の神経が一斉に焼かれるような苦痛。
思考が白く弾け、呼吸が詰まる。
「……ふふ、さすがに三連続は無理でしたか」
【ヘイスト】による幸運な加速効果は発現せず、リリアは自嘲気味に苦笑した。
だが、その表情は次の瞬間、驚愕に塗り替わる。
目の前で――ユウナが、力なく剣を取り落としたのだ。
カラン……。
乾いた音を立て、かつて数多の敵を討ち倒してきた魔剣が石畳へ転がる。
ユウナはその場に膝をついて項垂れた。
虚ろな瞳で地面を見つめ、声だけをかすかに漏らす。
「……もういいわ」
ひどく軽い声だった。
「私の負けよ。好きにして……」
投げやりな、自暴自棄の呟き。
その言葉を聞いた瞬間、リリアの表情から一切の余裕が消え失せた。
彼女は激しい足音を立てて歩み寄る。
それに対しても微動だにすらしないユウナの正面に立ち――
パァンッ!!
乾いた衝撃音が、路地の空気を震わせた。
リリアの平手打ちにより、ユウナの顔がはじけるように横へ跳ねる。
白い頬に、鮮烈な赤が浮かんだ。
「馬鹿者ッ! 何を見失っている!!」
リリアの怒声が、頬の痛みとともにユウナの脳を激しく揺さぶる。
「腕輪も人形も、無限ではない!」
息を荒げながらも、言葉は鋭い。
「そして――【マナ・シール】も、【ポイズンニードル】も、【ヘイスト】も、持続時間はせいぜい一分ほどに過ぎない!」
リリアは震える声で、しかし断固として突きつけた。
「いつもの貴女なら、私のリソースの底を見極めていたはずよ!
逆転の機を待ちながら、防御を固め、耐え凌いでいたはずよ!
そうして、術も防御も剥がれ落ちた裸同然の“ひ弱な術者”を、最後に斬り伏せる勝機を窺っていたはずでしょう!?」
「………………っ」
ユウナは、息を呑んだ。
視界を覆っていた“絶望”という霧が、頬に残る熱とともに急速に晴れていく。
自分が何をしていたのか。
どれほど短絡的で、感情に任せた、素人じみた戦いを演じていたのか。
その事実が、どんな刃よりも鋭く胸へ突き刺さる。
そこへ、それまで沈黙を保っていたルシエラが、たまらず口を挟んだ。
「……でも、今の戦いはフェアじゃありません!」
悔しさを滲ませた声だった。
「リリアは自分だけ装備を完璧に整えて、バフまで準備して……そんなの不意打ち同然じゃないですか!」
その言葉に、リリアの視線が鋭くルシエラへ向く。
氷のような眼差しだった。
その視線に突き刺されたルシエラは、ごくりと喉を鳴らす。
「平和ボケも大概にしろ」
低い声。
「お前は、命を賭けた戦場で“フェアプレー精神”なんて寝言を抜かすつもりか?」
「それは……っ」
ルシエラが言葉を詰まらせる。
リリアは容赦しない。
「私が無駄に長い時間、工房の奥から出てこなかった時点で、そのくらい想定しろ」
突き放すように言う。
「そして私が完全装備でここに立ったのは一目見れば明らかだ。
それなのに、お前たちは何をした?
――ルールはどうする?
――寸止めは必要かしら?」
吐き捨てるように続ける。
「そんな下らない挑発をしている暇があったなら、やるべきことはいくらでもあっただろう」
そして冷たく言い放つ。
「どうせ考えていたんだろう?
所詮は支援職。
多少装備を整えたところでどうとでもなる、と」
その瞳が鋭く細まる。
「それが驕りだと言っている」
そして二人に視線を走らせる。
「大体、お前たちは、さっきまでどこにいた?」
「「………………っ!!」」
二人の背筋に、ぞくりと戦慄が走る。
そうだ。
ここはリリアの工房の前。
自分たちは、この半年間ずっと、消耗品を買い足すためにここへ通っていた。
〈俊足の腕輪〉も。
〈消魔の守護石〉も。
〈月光の魔符〉も。
リリアへの対抗手段のすべては、自分たちの手の届く場所にあったのだ。
完敗だった。
準備に於いて。
戦術に於いて。
そして何より、戦いへ臨む“覚悟”に於いて。
自分たちは、“人族の限界”という言葉を盾にしていた。
その言葉に隠れて、牙を研ぐことを。
知恵を絞ることを。
泥を啜ってでも勝とうとする執念を。
いつの間にか、捨て去っていたのだ。
「……う、うぅ……」
ユウナの瞳から、大粒の涙があふれ出す。
「あ、あああああ……っ!!」
ユウナは石畳に爪を立て、己の不甲斐なさと、それを見抜いて叩きのめしてくれた友の想いに、嗚咽を漏らして泣き崩れた。




