第二ラウンド:絶望の天秤
「賦術――【ヒールスプレーSS】」
リリアの指に挟まれたマテリアルカードから、白い粒子がふわりと舞い上がる。
それは彼女の傷口をやさしく撫で、損なわれた肉体を静かに繕っていった。
もっとも――15レベル、しかも単体攻撃を極めたユウナの一撃は重い。
それはいかに弱体化していようと、リリアが防御を厚くしていようと、そして高位の賦術による癒しの力といえど、一度で完全に帳消しにできるほど軽い傷ではない。
リリアの肩が、ほんのわずかに落ちる。
その様子を見て、ユウナの瞳が鋭くなる。
「(行ける……)」
「(いかに術策を弄そうと、所詮は軟弱な術士。押し切れば――私の勝ちよ!)」
勝利への執着を剣へ込め、ユウナが再び踏み込もうとした、その瞬間だった。
リリアが、冷徹な声で告げる。
「戦闘特技《連続賦術》――【ヒールスプレーSS】再起動」
「……っ!?」
眩い光が、再びリリアを包んだ。
つい先ほど刻んだはずの傷が、今度こそ跡形もなく消え去る。
血も、裂け目も、痛みの痕跡すら残らない。
リリアは、出血一つない完璧な状態で、再びユウナの前へ立ち戻った。
「――【カースドール】」
無機質な杖の先が、足元に転がる人形の胸を容赦なく突き穿つ。
「あっ! ぐぅぅぅ!!」
その瞬間、ユウナの心臓が見えない楔で打ち貫かれたかのように跳ねた。
内側から掴まれる。
握り潰される。
そんな錯覚を起こすほどの激痛が、胸の奥から全身へ走る。
視界が白く明滅した。
「あら、運がいいわね」
リリアの声が、冷たく、残酷に響いた。
「……まだ、世界は私の味方のようですよ」
その口元が皮肉っぽく歪む。
【ヘイスト】の恩恵が、ここでも発現した。
運命の天秤は、変わらずリリアへ傾いていた。
「【カースドール】」
「うぐっ……! あ、がああぁっ!!」
二度目の衝撃。
だが外傷はない。
これは防御の隙を突く攻撃ではない。
そもそも防御という概念の外側から、存在そのものへ叩き込まれる呪いだ。
回避も受け流しも意味をなさない。
ユウナの肩が揺れる。
怒りと屈辱と痛みによって。
「こ、この……っ! うわああああああ!!」
その叫びには、もう余裕も計算もなかった。
かつて戦場を冷静に支配したハイペリオン級の英雄の面影はもはや無く、そこにいるのは、追い詰められた獣のように足掻く、ただの一介の戦士だった。
「賦術――【ヴォーパルウェポンSS】!!」
「錬技――【リカバリィ】!!」
「《魔力撃》、《全力攻撃Ⅲ》ッ!!!」
自己回復は最小限。
残ったすべてを、ただ「一撃で屠る」ためだけに注ぎ込む。
鋭さ。
重さ。
破壊力。
それだけを求めた、暴虐の剣閃だった。
剣がリリアの身体を捉えた確かな手応え。
リリアの胴を、深く、鋭く、真っ向から断ち切った――
そう、感じた。
しかし。
「……貴女は、一体何をやっているの?」
冷ややかな声が、真横から聞こえた。
ユウナの瞳が見開かれる。
切り裂いたはずのリリアの身体は、ぼろりと崩れ、虚空へ霧散していく。
そこにあったのは人ではなく、綿を詰めた人形にすぎなかった。
「…………【スケープドール】」
ユウナの声からは、怒りも驚愕も消えていた。
身代わり。
攻撃を一度だけ人形へ肩代わりさせ、自身は無傷のままやり過ごす操霊術。
ユウナの渾身の一撃は、結局、ただの人形一つを断ち裂いただけで終わった。
「ぐ……っ!!」
【ポイズンニードル】によって撃ち込まれた毒が、追い打ちをかけるように血の中を巡り、再びその身体を蝕む。
力が抜ける。
呼吸が乱れる。
戦いが始まって、まだわずか二巡。
それなのに、ユウナの体力はすでに半分を大きく下回っていた。
対するリリアは、傷一つない全快状態。
【マナ・シール】で魔力を縛られ。
【クラッシュ・ファング】で剣の鋭さを奪われ。
【ポイズンニードル】で命を削られ続ける。
その一方で、リリアは幾重もの防御バフに守られた向こう側で、静かに杖を構えている。
それは、もはや勝負ではなかった。
“人族の限界”に絶望していたはずのユウナは、今――
その限界にすら辿り着けていない、戦闘力では自分より下だと思い込んでいた支援職に、なすすべもなく蹂躙されていた。
ユウナの脳裏を、黒く冷たい言葉が満たしていく。
――敗北。
その二文字だけが、音もなく広がっていった。




