第一ラウンド:傲慢への鉄槌
戦いの火蓋は、音もなく、しかし絶対的な“法則”の行使によって切って落とされた。
「賦術――【イニシアチブ・ブーストSS】」
リリアの指に挟まれたSSランクの赤いカードが、赤銀の粒子となって弾け散る。
因果を歪め、問答無用で先手を奪い取る――賦術の極致。
対するユウナもまた、間髪入れずに同じ賦術を展開した。
SSカード同士の競合。
効果は相殺される。
残るのは、純粋な先制力。
個としての“速さ”だけだった。
「(負けるはずがない)」
ユウナは確信する。
戦士として敏捷性を鍛え抜いてきた自分だ。
相手はあくまで、支援職のアルケミスト兼操霊術士。敏捷性に重きを置く技能編成ではない。
そして先手さえ取れば、そのまま主導権を握れる。
「(その減らず口、一撃で叩き潰してやる!)」
そう思った、次の瞬間。
――パリン。
乾いた音が響いた。
リリアの手首にはめられた、〈俊足の腕輪〉が砕け散る。
その瞬間、世界がわずかに引き伸ばされたように見えた。
リリアの輪郭が、ひと呼吸ぶんだけ加速する。
「……チッ!」
ユウナが小さく舌打ちする。
街中ゆえ、今の自分は重装備を解いている。
護身用の腕輪もつけていない。
だが、焦りはなかった。
相手は所詮、支援職。
先手を与えたところで、戦士として、同時に強力な攻撃魔法を操る術士としての優位は揺るがない。
――その“驕り”が、判断を一瞬鈍らせた。
「……馬鹿」
リリアの唇から、氷のような言葉がこぼれる。
「操、第十二階位の封。制限、封印、魔力――制魔」
低く、鋭い詠唱。
「――【マナ・シール】」
ユウナの周囲を巡る魔素の流れが、不意に鈍る。
それは対象の魔力循環そのものを縛り上げる、封殺の魔法。
真語魔法の深淵に触れているユウナであっても、第十一階位を超える高位魔法は封じられ、同時に使える錬技の幅まで狭められる。
しかし、抵抗してしまえばその効果は発揮しない。
そして術者よりレベルが上であるユウナなら、その確率は高い――
はずだったが、その直後――
今度は〈叡智の腕輪〉が砕け散った。
リリアの魔力が、一瞬だけ爆発的に跳ね上がる。
〈月光の魔符〉すら持たない今のユウナは、その強化された魔力に対して無防備だった。
見えない鎖が、ユウナの魂に絡みつく。
ユウナの内を巡る魔力の流れが、重く、鈍く、濁っていく。
「《ファストアクション》」
リリアの瞳は冷徹と見紛うほどに冷静だった。
一瞬の隙に、さらに二手、三手と畳みかけてくる。
「賦術――【クラッシュ・ファングSS】」
また一つ、腕輪が砕ける。
ユウナの剣から鋭さが失われ、その切れ味が大幅に損なわれていく。
「戦闘特技《連続賦術》」
声に迷いはない。
「――【ポイズンニードルSS】」
紫黒の毒が、幾重にも重なってユウナの内へ染み込んでいく。
抵抗を嘲笑うような、執拗で容赦のない弱体化だった。
「……っ! この、小賢しいっ!」
反撃に転じようと地を蹴るユウナ。
しかし、リリアの動きがもう一段加速した。
工房を出る前に、彼女はすでに自分へ可能な限りの強化を施していたのだ。
【プロテクションⅡ】。
【カウンターマジック】。
【バークメイルSS】。
【リーンフォースSS】。
そして、確率で更に行動を重ねることが出来る魔法、【ヘイスト】。
リリアが外套を翻した。
すると、その足元へ数十体もの無機質な人形がばら撒かれる。
「……?」
「操、第九階位の呪。人形、呪詛、苦痛――呪殺」
リリアが杖を握り直す。
「――【カースドール】」
その杖先で、地面に転がる人形をひとつ、「トン」と軽く突いた。
「!? ぅぐっ!!」
人形が崩れるのと同時に、ユウナの全身に激痛が走る。
外傷はない。
だが、身体の内側から何かを突き刺されるような、回避不能の苦痛。
呪詛。
魂そのものへ直接叩き込まれるダメージ。
「こ……のぉ……っ!!」
痛みに耐えながら、ユウナは構えを変える。
見誤った。
その一言がユウナの脳裏をよぎる。
接近して叩けば終わると、そう考えていた。
しかし、そんな単純な相手ではなかった。
リリアは最初から、自分と正面から殴り合うつもりなどなかった。
相手の力を削ぎ、行動を縛り、抵抗する意思を砕く。
それが、この女の戦い方だった。
だが、だからこそここで押し切るしかない。
そうしなければ、自分という存在が足元から崩れてしまう――そんな焦りにも似た感情が、ユウナを突き動かした。
「《魔力撃》《全力攻撃Ⅲ》同時発動!!」
声と同時に踏み込む。
「錬技――【マッスルベアー】、【キャッツアイ】、【リカバリィ】!!」
さらに。
「賦術――【ヒールスプレーSS】!!」
自己回復と自己強化を一挙に重ねる。
《魔力撃》と《全力攻撃Ⅲ》が重なった一撃は、本来なら城門すら叩き割る威力を秘めていた。
その剣閃が、ついにリリアの身体を捉える。
至近距離。
近接戦に長けた相手ではない。
本来なら、ここで終わってもおかしくない。
だが。
その手応えは、あまりにも軽かった。
「くっ!」
ユウナの瞳が揺れる。
【クラッシュ・ファング】による弱体化。
そしてリリア自身へ積み重ねられた幾重もの防御魔法と、防御効果に優れたローブ。
必殺の一撃は、決定打ではなく、ただの痛打へと変質していた。
その瞬間。
ドクン!と――
血管を焼くような【ポイズンニードル】の毒が、ユウナの身体を蝕む。
膝が、わずかに折れた。




