リリア
「も~! いい加減にしてください~!!」
リリアの工房に、怒りの声が響き渡った。
その場にいたのは、消耗品を買い足しに来た、この半年間の“いつもの”二人だった。
覇気のない瞳。
ろくに手入れもされていない乱れた髪。
そして、死地を渡り歩き続けた結果、見るも無惨に傷んだ装備。
かつて街を救った英雄と、その翼たる女剣士。
だが今の二人には、その面影すらどこか薄れていた。
「なんですかその、この世の終わりみたいな顔は~!」
リリアはぷんすかと頬を膨らませ、腰に手を当てたまま二人を睨みつける。
その声は、いつもの間延びした調子を残しながらも、そこに宿る怒気は隠しようもなかった。
「……“みたい”じゃなくて、“終わった”のよ」
ユウナが力なく口元を歪める。
それは笑みというにはあまりにも乾ききった、自嘲の表情だった。
「この程度じゃ、この先にある絶望には届かない」
低く、吐き捨てるように続ける。
「私たちはもう……行き止まりなのよ……」
その言葉にリリアの眉がぴくりと動く。
いつもの柔らかな笑みが、すっと消えた。
「……ふぅん」
静かな声。
だが、その静けさが逆に不穏だった。
「……そういうの、なんて言うか知っていますか~?」
リリアの目が細められる。
そこに宿った光は冷たく、容赦がなかった。
「“驕り”って言うんですよ~!」
「……っ!」
空気が軋む。
「知った風な口利いてんじゃないわよ!!」
ユウナの怒号と共に、その気が弾けた。
狂暴なまでの殺気が、目に見えない衝撃となって周囲へ叩きつけられる。
常人なら膝を折り、呼吸すら忘れてその場に崩れ落ちかねないほどの圧。
だが、リリアはその暴風を真っ向から受け止め、鼻で笑ってみせた。
「人族の限界を極めた?」
一歩も引かず、淡々と続ける。
「この先に展望がない?」
その声に、嘲りすら滲む。
「笑わせないでください」
一言一言を叩きつける。
「自分も見えていない。周りも見えていない」
そして正面から臆することなく目を見据え。
「……今の無様な貴女じゃ、この私にすら勝てませんよ」
小馬鹿にしたような嗤い。
ユウナの瞳に、昏い焔が灯る。
「……言ってくれるじゃない」
その声には、先ほどまでの空虚さはなかった。
代わりに、怒りと意地が燃えている。
「その挑発――乗ってあげる」
ユウナは顎で外をしゃくると、苛立ちを隠そうともせず工房を出ていく。
その背へ、リリアは静かに言い放った。
「……着替えますから、少し待っていてください」
そうして工房の奥へと姿を消した。
―――
数分後。
工房の扉が、ゆっくりと開く。
姿を現したリリアを見て、ユウナの目がわずかに細まった。
そこにいたのは、いつもの緩いエプロン姿のアルケミストではない。
使用者の魔力を増幅する杖。
軽量でありながら、物理・魔法の両面から着用者を守る上質なローブ。
腕輪、耳飾り、その他装飾品――それらひとつひとつが、濃密な魔力を帯びている。
戦闘用の完全装備。
普段のおっとりとした雰囲気はそのままに、それでも今のリリアからは、隠しようのない“格”が滲み出ていた。
「……ルールはどうする?」
ユウナが冷たく問う。
「寸止めは必要かしら?」
その問いに、リリアは目を細めた。
「もう勝ったつもりですか?」
声が低い。
普段の柔らかな調子からは想像もつかない、地を這うような響き。
「それが“驕り”だと言っているんです」
そして、はっきりと告げた。
「――殺す気で来い、愚か者」
刹那。
リリアから放たれる圧が、質を変えた。
深淵を覗き、素材を分解し、性質を組み替え、万物の構成を弄ぶ錬金術師特有の、冷酷で不気味な重圧だった。
穏やかな工房主の皮が、一枚剥がれ落ちる。
そこに立っていたのは、テラスティアとアルフレイムの海を越え、遥かなる大陸へその足跡を刻んだ高位の存在。
魂と精神の理を解き明かし、目に見えぬ力すら意のままに操る熟達の操霊術士。
生き残るために必要な知識と技術を磨き抜き、手段を選ばず勝機を拾う者。
すなわち、リリアという名の、もう一人の怪物だった。
傍らで見ていたルシエラが思わず息を呑み、ユウナの足が、本能的に一歩後ろへ下がる。
その一歩に、ユウナ自身が気づいた。
……気づいてしまった。
ギリ……と奥歯を噛みしめた。
「……そこまで言うなら」
ユウナの声質が変わる。
「手加減なしよ!!」
地を蹴る。
同時に、リリアの唇が高速で呪文を編み始めた。
そして、二人の声が重なる。
「「イニシアチブ・ブースト!!」」
静寂がかき消され、戦いの幕が上がる。
それは、停滞した二人の時間を再び動かすための――
残酷で、同時にどこまでも慈悲深い、劇薬の一撃だった。




