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打ち上げ

 数日後。

 ユウナとルシエラは、リリアの工房を訪れていた。


「おや、いらっしゃいませ~。回復したんですね~」


 扉を開けた二人を、リリアがいつもの笑顔で迎える。

 その声は相変わらずのんびりとしていたが、そこにはどこか、本当にほっとしたような色も混じっていた。


「何とかね」


 ユウナはそう答えながら、工房の中を見回す。

「なんか、色々増えてるわね」


 棚の配置が少し変わり、見慣れない器具や素材も増えている。

 以前よりも、工房らしい“厚み”が出ていた。


「そうなんです~。新しい器具とか素材とか~」

 リリアが嬉しそうに頷く。


「ギルドの報酬が、思ったより多かったんで~」

 その顔は、隠しようもなく上機嫌だった。


 ユウナは小さく笑う。

「まあ、命をかけてあれだけのことをしたんだし、当然の報酬よ」


「わたしはそこまで危険はなかったですけどね~」


 リリアはにこやかに言った。


「ユウナさんが、そういう作戦を立ててくれましたから~」


 ユウナの真意を、リリア自身はきちんと理解していた。


 何があっても。

 最悪の事態になっても。

 自分だけは逃がせるように、最初から組まれていたことを。


 ユウナはその言葉を聞いて、わずかに肩をすくめた。

「……無理を言ってついて来てもらった“ゲスト”に、怪我をさせるわけにはいかないからね」


 そして、そのまま表情を引き締める。

 笑みが消える。


「それでも……」

 短く息を吸ってから、まっすぐリリアを見た。


「嫌なことをさせて悪かったわ」

 静かな声だった。


「ごめんなさい」


 それが何を指しているのかは、言うまでもなかった。


 【リザレクション】


 リリアにとっての禁忌。

 本来なら触れたくもなかったはずの領域。


 その言葉に続いて、ユウナが深く頭を下げる。


 そして、その隣で。


 ルシエラもまた、無言のまま頭を下げた。


「……」


 二人に頭を下げられたリリアは一瞬理解が追い付かず、次いで慌てたように両手をぱたぱたと振る。

「ああ~、顔を上げてください~」


 困ったように笑う。

「いいんですよ~。ほんとに嫌なら、やってませんから~」


 それは取り繕いではなく本音だった。


 相手が英雄であろうと。

 ルシエラがそのままユウナの後を追ってしまうことになろうと。


 自分が本気で嫌だと思えば、きっとあの場で静観していた。


 しかし、リリアはそうしなかった。


 ごく短い付き合いではある。

 それでもリリアは、ユウナに好感を抱いていた。


 街を守るために、死地へ飛び込むことを厭わない。

 仲間の力を信じ、その力を最大限に発揮させる形で作戦を組む。

 その上で、戦いに勝利するために、冷静に最善を選び続ける。


 そんな在り方を前にして、ふとリリアは思う。


「……英雄って、こういう人の事を言うのかな」


 思考がぽつりと、ほとんど独り言のようにこぼれ出た。


「ん? 何か言った?」

 ユウナが首を傾げる。


 リリアはすぐに、いつもの笑みに戻った。

「何でもありませんよ~」


 そして、話題を切り替えるように続ける。

「それで、今日は顔見せですか~?」


「もちろん、買い物もさせてもらうわよ」


 ユウナが即答する。


「それと、このあと時間ある?」


「このあと、ですか~?」


「ええ」


 少しだけ口元を緩める。


「ささやかにだけど、打ち上げをしようと思ってね。

 まだちゃんとお祝いしてなかったでしょ?」


 そして、いかにもユウナらしく付け足す。

「店はもう予約してあるわ」


 その言葉に、リリアの表情がふっと明るくなった。


「お祝いですか~。ふふ、いいですね~」

 快い返事だった。


 その声が、工房の内にやわらかく響く。

 戦いの傷跡も、禁忌に触れた重みも、すべてが消えたわけではない。


 それでも。


 ようやく三人は、少し遅れてやってきた“勝利の時間”を迎えようとしていた。


―――


「ささやか……?」


「……ドレスコードとか、あるんじゃないですか~?」


 案内された(レストラン)は、超が付くほどの高級店だった。

 その店の前で、ルシエラが呟き、次いでリリアが珍しく、少し緊張した顔を見せた。

 その言葉に、ルシエラもはっとして自分の服装を見下ろす。

 普段よりは整えてきたつもりでも、こういう店に相応しい装いかと問われれば、さすがに心許ない。


 だが、ユウナはそんな二人を見て、にこりと笑い。


「大丈夫よ」


 軽く、何でもないことの様に言った。


「貸し切ったから」


「貸しき……っ!?」

 リリアが思わず目を丸くする。


 さすがに予想外だったらしい。


「これがハイペリオン級なんですね~」


 感心したのか、呆れたのか、そう漏らしたリリアに、ルシエラが即座に言い添えた。


「ユウナがそういう性格なだけです」

 そして深くため息をつく。


「なんか釈然としない言われ方をしてる気がするけど……」

 ユウナは不満そうに口を尖らせたが、すぐに肩をすくめた。


「まあ、ともかく」

 気を取り直すように言う。


「ここで美味しいものを食べて、その後は二次会。普通の酒場で騒ぎましょう」


 貸し切りにしたとはいえ、あまりにも格式ばった空気では落ち着かないだろう。


 それはユウナ自身もそうだし、よく分かっていた。


 だが、きちんと礼もしたい。

 気負わせず、それでいて特別な時間にもしたい。


 その結果が、こういう形だった。


―――


 並べられた料理は、どれも目を見張るものばかりだった。


 最高の食材。


 最高の調理。


 そして、それを味わう側にも、ある種の素養を要求する味。


 つまり――美食だった。


「これは……美味しいですね」

 ルシエラが、驚いたように呟く。


「なるほど~、“美味”って言葉は本当にあるんですね~」

 リリアも感心したように目を細める。


 ユウナは、ゆっくりとワインを口に含みながら笑った。

「こういうの、お偉いさんに付き合わされた時くらいしか食べられなかったからね」


 一拍置いて、素直に続ける。


「でも……本当に美味しいわ」


 三人とも、洗練されたテーブルマナーなどと言うものは、当然身につけてはいない。

 本来なら、こういう店では“入店をお断り”されてしまってもおかしくない。


 だからユウナは使った。


 金を。

 伝手を。

 そして、“ハイペリオン”の名を。


 ギルドの繋がりを辿って、この店に影響力を持つ人物へ話を通してもらう。

 “ハイペリオン”の名を貸し、利益を提示する。

 そしてさらに金を積み、最終的に店そのものを貸し切る。


 強引ではある。

 しかし、それもまたユウナなりの誠意だった。


 誰かを救うために使う金もある。

 命を繋ぐために使う金もある。

 そして、今日のように、共に生き残ったことを祝うために使う金もある。


 ユウナにとって、それはどれも同じくらい大事な使い道だった。


―――


 十分すぎるほど美食を堪能した三人は、その後、もっと気楽に入れる酒場へ場所を移した。


 なじみ深い料理と酒で気分が緩み、今度はもっと遠慮のない会話が飛び交う。


「それで~」

 いい具合に酔いの回ったリリアが、楽しそうに問いかける。


「まるで動けない生活はどうでしたか~?」


 その問いに、ルシエラがなぜか胸を張った。

「それはもう、しっかりとお世話しました!」


 そして、トロンと頬を緩める。

「動けないユウナが、お人形さんみたいに可愛くて――」


「っ! ルシエラ!!」

 ユウナが真っ赤になって遮る。


 その反応がまた面白くて、ルシエラはくすくすと笑う。

 リリアにもその状況が目に浮かんだらしく、によによと笑みを深めていた。


「なるほど~。それは聞き逃せませんね~」


「……あんまり突っ込まないで」


 酒が進むにつれ、言葉の壁も遠慮も薄れていく。

 三人の声は次第に大きくなり、笑い声が夜の酒場に何度も弾けた。


―――


 やがて夜も更け、三人は酒場を出た。

 外の空気は少し冷えていて、酒で火照った身体に心地よい。


「あ~……」

 リリアが、ぐうっと大きく伸びをする。


「たのしかったです~。ありがとうございます~」


「お礼を言われるようなことはしてないわよ」


 ユウナは笑って首を振る。


「私も楽しかった」


 ルシエラも、隣で静かに頷いていた。


 死地を越えたあとに訪れた、遅すぎるくらいの打ち上げ。

 しかしその一日は確かに三人の心をほぐし、明日へ向かう力を取り戻させてくれていた。


 英気を養う。


 きっと、そんな言葉がふさわしい一日だった。

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