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生還①

 ヴァルクレアの街は、未曾有の危機を脱した安堵と、その後始末に追われる喧騒のただ中にあった。


 とりわけ冒険者ギルドの慌ただしさは他の比ではなかった。

 掃討作戦の編成。

 街道の安全確認。

 足止めされていた隊商の護衛依頼の割り振り。

 職員も冒険者も、弾かれたように走り回り、怒号と報告と指示が絶え間なく飛び交っている。


 そんな熱気と騒音が渦巻く中、ギルドの扉がゆっくりと開いた。


 その瞬間。


 まるで誰かが音を切り取ったかのように、ギルド内が静まり返る。


 無数の視線が、一斉にそちらへ向けられた。


 そこに立っていたのは、魔法戦士ユウナ。

 常にその傍らに立つ女剣士ルシエラ。

 そして、おっとりとした雰囲気を崩さぬままそっとその後ろに控える、エルフのアルケミスト、リリア。


 ――ではなく。

 その実際の様相は、誰の目にも異様だった。


 ユウナが、ルシエラの腕の中にすっぽりと収まるように、お姫様抱っこされていたからだ。

 リリアはルシエラの影に同化するように、その存在感を消している。


「……なんか私、毎回こんな感じじゃない?」


 ユウナが、耐えきれなくなったように小声でぼやく。

 前回、レジェンダリーゴブリンとの死闘のあとには、まだ肩を貸される程度で済んでいた。足は地についていたし、かろうじて自分の意思で歩いている体裁も保てていた。


 だが今回は違う。


 文字通り、指一本すら動かす自由もない。


「自力で立てない人は文句を言わないでください」


 ルシエラは淡々と返した。


「……まだ怒ってるわね」


「怒ってません。

 ……立てないのだから、仕方ないでしょう?」


 声は平坦だった。

 だがその瞳は、ユウナの身体にこれ以上の負担をかけたくないと揺れていた。


 真正面からそれを見てしまったユウナは、結局それ以上言い返せず、大人しく口をつぐむ。


 それを見守っていた周囲に、遅れてざわめきが戻った。


「聞いたか? あのドラゴン、死んだあとにゾンビ化したらしいぞ……」

「マジかよ。それを叩き伏せたってのか?」

「ほわあぁぁぁ!お姫様抱っこ……尊いぃいいいい!」


 驚愕。

 畏怖。

 そして、一部どうにも方向性の怪しい感想。


 さまざまな視線と声を浴びながら、一行は脇目も振らずギルド長室へと向かった。


―――


「……話は聞いている」


 部屋に入ってきた三人を見て、ギルド長は低くそう言った。


 その視線は、特にルシエラの腕の中のユウナへ注がれていた。

 痛ましいものを見るような。

 それでいて、深い敬意を隠しきれない眼差しだった。


【リザレクション】による蘇生。


 それは、ただ死の淵から戻るということではない。

 禁忌に触れ、輪廻の流れに逆らって舞い戻るということだ。

 その代償として、魂には消えない刻印が残る。


 ユウナの頭部に伸びる、ナイトメアの証たる角。

 それは以前よりも一回り大きく、禍々しい気配を帯びていた。


 溜まった“穢れ”が、目に見えるかたちで彼女の身体へ変化を及ぼしている。


 ギルド長は静かに立ち上がった。

 机を回り込み、三人の前へ出る。


 そして――深く、深く頭を下げた。


「よく街を、人々を救ってくれた」


 低く、重い声。


「……心から感謝する」


「……やれることをやっただけよ」

 ユウナは、まるで当然のことを言うような口調で答える。


 それから微かに冗談めかして続けた。

「でも、二度とやらない。ルシエラに本気で怒られちゃったから」


 軽く言った様に聞こえた。

 だが、その場にいる全員が、その言葉が示す意味を分かっていた。


 もし、次も同じように“戻る”ことを前提に戦えば。

 もし、再びあの奇跡へ縋れば。


 その時こそ、ユウナの魂は人の領域を越えてしまうだろう。

 もはや“ナイトメア”としてすら留まれない、別の何かへ変質してしまうかもしれない。


「そうだな……」


 ギルド長は、わずかに表情を和らげた。

 そしてユウナを見て、静かに言う。


「その時は、遠慮せずに逃げてくれ」


 その言葉には、命令でも叱責でもない、切実な願いが滲んでいた。


「ここまでしてくれた女の魂を、これ以上苦しめさせられるものではない」


 その後の報酬に係る交渉は、異例の速さで進んだ。


 消費した数十万ガメル分の消耗品費は、全額補填。

 ドラゴンゾンビから得られた希少素材は、すべてリリアへ譲渡。

 そして、それらとは別に支払われる、豪邸ひとつが家財道具付きで建てられそうなほどの莫大な謝礼金。


 ギルド長は、一つとして難色を示さなかった。

 むしろ、この程度で足りるのかと問わんばかりの態度だった。


 冒険者の要求と、冒険者ギルドの提示した報酬は、もはや“交渉”ですらなかった。

 当然支払われるべきものとして、その場で即座に受理されていく。


「……さて。手続きは以上だ」


 最後にギルド長は、ルシエラの腕の中のユウナに笑いかけた。


「一週間と言わず、一ヶ月でも休むがいい」


 静かな、だが有無を言わせぬ口調だった。


「英雄には、相応の休息が必要だ」


「一ヶ月もベッドの上なんて、死んじゃうわよ」


 ユウナは、いつものように強がってみせる。


 しかし、その直後。

 ルシエラの腕が、ほんの少しだけ強くなった。


 無言の圧力。


 ユウナはぴたりと口を閉ざし、そのまま観念したようにルシエラの胸元へ顔を埋めた。

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