回顧(釈明)
「あと一発が足りない、って思ったわけよ」
ユウナは、やや気まずそうにしながらも、最後の局面を説明し始めた。
「あのまま私も離脱してたら、ドラゴンゾンビはモンスターの肉壁に守られたまま、遠距離のブレス攻撃で一方的に削ってきたはずなの」
一旦息をつく。
「しかも、あいつは自己回復能力まで持ってたからね。あの時点で距離を切ったら、確実に勝機を失ってたわ」
「中型以上で飛べるモンスターも、下手したらこっちに襲いかかってきたかもしれませんしね~」
リリアが横から補足する。
その言葉に、ルシエラは何も返さない。
ただ、ユウナをじっと睨んでいた。
口元をわずかに尖らせたまま、ひと言も挟まずに聞いている。
その視線を真正面から受ける度胸は、さすがのユウナにもなかったらしい。
目を逸らしながら、慌てたように説明――というより、釈明を続ける。
「だから地上に留まって、近接状態を維持したまま最後の一撃を入れる必要があったの」
薄眼でルシエラの方に視線を向ける。
「スタンピードの前衛は比較的体重の軽いモンスターが多かったから、踏み潰されても数秒は生きていられるだろうって」
ルシエラの目が、さらに鋭くなる。
ユウナは慌てて再び視線が合わないよう逸らし、早口で続けた。
「で、当てにしたのがリリアの【リザレクション】」
その声が少し低くなる。
「頭部が無事じゃないとあの魔法は効かなくなるらしいから、何とか頭だけ守って……ね?」
ルシエラの脳裏に、先ほどの光景が鮮明に蘇る。
泥と血に塗れ、胎児のように小さく丸まっていたユウナ。
あの状況の中で、彼女は極限まで冷静に、自分の“死”すら戦術の駒として計算していたのだ。
それを思い出した途端、胸の奥に残っていた恐怖が蘇り、次いで怒りの形を取った。
「無茶が過ぎてます」
低い声だった。
だが、その一言にははっきりとした怒気が宿っていた。
実際に怒っている。
ユウナの目が泳ぐ。
「もちろん、リリアがいなければこんなことしなかったわよ?」
そして視点の持って行き場所を得たかのように、ちらり、とリリアを見る。
それに合わせて、ルシエラの視線もゆっくりとリリアへ移った。
まだ怒りの色を残したまま。
「ちょ……ユウナさん、わたしを巻き込まないでください~」
リリアが慌てて両手を振る。
ユウナは苦笑しながら続けた。
「……ともかく、リリアがいなければ、街の被害は仕方ないものとして割り切って、再戦の機会を待ったかもしれない」
真面目な顔になる。
「でも、そこにリリアがいて。
全部分かった上で、言葉を飲み込んでくれたから」
小さく息を吐く。
「ああ、行けるなって思ったの」
リリアは、わざとらしいほど大きくため息をついて。
「まったく……一生涯、【リザレクション】なんて使わないって決めてたんだけど……」
肩を落としながらぼやいた。
「――あの時だって。使わなかったのに……」
いつも軽いリリアの声が沈む。
しかしそれは一瞬のことで、一転して明るい調子に戻る。
「……って、まあ、この話は今は関係ないですね~」
その妙に引っかかる一言と、初めて聞いた暗い声色に、ユウナもルシエラも、わずかな間、言葉を失ってその様子を見つめていた。
だがユウナはすぐに表情を和らげ、空気が重くならないように言った。
「感謝してるわ。本当に」
そしてユウナはルシエラへ目を向ける。
逸らさず、真っすぐに。
「……ルシエラも」
「え?」
「待っててくれて、ありがとう」
柔らかな微笑みだった。
その顔を見た瞬間、ルシエラの怒りも少しずつほどけていく。
結局、自分はこういう顔をされると弱いのだと、改めて思い知らされる。
「ともかく、帰りましょう」
ルシエラが立ち上がる。
そして次の瞬間、それがごく当然の行動であるかのように、ユウナを軽々と抱え上げた。
お姫様抱っこで。
「ちょっ……ルシエラ!?」
ユウナが慌てる。
だが、【リザレクション】の反動は重い。
魂が肉体に馴染むまで、少なくとも一週間はまともに動くことすら難しい。
抗議しかけたユウナだったが、ルシエラの視線はひどく冷ややかだった。
「ダメです」
きっぱりと言い切る。
「これからは私の腕の中で、たっぷり反省してください」
「…………っ」
ユウナは一瞬で顔を真っ赤に染め、そのまま沈黙した。
今や竜殺しとなったハイペリオン級の英雄が、恋人の腕の中で完全に飾り物の姫君と化している。
「ホント、仲がいいですね~……って!」
その様子を見ていたリリアが、唐突に声を張り上げた。
「ちょっと待ってください~!」
幸せな空気のまま帰還しようとしていた二人の前へ、慌てて割り込む。
弛緩していた緊張が、一瞬にして戻る。
ユウナとルシエラがそろって周囲へ視線を走らせると、リリアは腕をまくってナイフを取り出していた。
「ドラゴンゾンビの死体、素材回収だけはさせてください~!」
その目には、完全に商人の光が戻っている。
「下手なギルド職員とかに任せたら、貴重な素材を平気で破損させちゃいますんで~!」
脱力。
まったく紛らわしい。
そしてそのあまりの切り替えの早さと抜け目のなさに、二人は揃って苦笑した。
陽光眩しい戦場跡。
一人は、腕の中の温もりにようやく安堵し。
一人は、真っ赤になったまま気まずそうに視線を伏せ。
そしてもう一人は、鼻歌交じりで巨大な死体に取りついている。
こうして――
ヴァルクレアを呑み込もうとした最悪の事態、スタンピードは終わりを迎えた。




