ドラゴンゾンビ③
「ユウナあぁああああああ!!!!」
ルシエラが、叫びとともに飛び出した。
視線の先はただ一つ。
ユウナが飲み込まれた、あの場所。
未だに走り続けるモンスターの波へ、一直線に突っ込もうとする。
「ルシエラさん、いけません!」
リリアが背後から抱きつくようにして、必死に引き止めた。
「離せ!」
振りほどこうと、全身で暴れる。
「ユウナが……あああああああああ!! 離せ離せ離せ!!」
腕を振り、身体を捻り、無理やり振りほどこうとする。
リリアの体が振り回される。
「だ……っ! め! ですぅ!!」
それでも離さない。
爪が食い込むほどに、必死にしがみつく。
「うわああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
絶叫。
喉が裂ける。
血が混じる。
それでも叫び続ける。
その声は、もはや言葉になっていなかった。
やがて。
モンスターの波がようやく通り過ぎる。
踏み荒らされ、抉られた大地だけが残る。
リリアの腕から力が抜けた。
その瞬間――
弾かれたように、ルシエラが飛び出す。
ユウナのもとへ。
【フライト】の飛行制御が覚束ず、少し離れた場所に着地してしまう
「ユウナ……」
声は、かすれていた。
濁っていた。
それでも呼ぶ。
「ユウナ、ユウナ……」
一歩近づく。
足がもつれる。
力が入らない。
歩けない。
それでも、進む。
途中でつんのめり、地面に倒れる。
四つん這いのまま、這うように近づく。
そして――辿り着く。
そこにあったのは。
かつて“ユウナだったもの”。
頭部を守っていたのだろう
残った腕で頭を抱え、脚を畳んだ姿勢のまま小さく丸まっていた
しかしその体は、無残に踏み潰されていた。
頭を守っていた腕は、原形を留めないほど歪み、脚もちぎれかけている。
腹部は大きく裂け、そこから溢れた血が地面に広がり、暗い染みを作っていた。
「ユウナ……あぁ……」
ルシエラは、震える手でその顔へ触れる。
そして耳を近づけ、呼吸を確かめる。
――ない。
「あ……あ……」
喉の奥から掠れた音が漏れた。
ルシエラの瞳から、すべての光が消えた。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
世界が、壊れた。
ルシエラは叫びながら剣の刃を自らの頸に押し当て、迷いなく力を込める。皮膚が裂け、鮮血が一筋、首筋を伝い落ちた。
「待ってくださいぃいいいい!!」
リリアが悲鳴を上げながら飛びついた。
両手でルシエラの右腕を必死に掴み、剣を頸から引き離そうとする。
「邪魔するな!」
ルシエラは力任せに腕を振り回し、リリアの細い身体を地面に叩きつける勢いで暴れる。
「ユウナが! ユウナがいない世界に、私をいつまでも居させるな!!」
涙が止まらない。
嗚咽が、怒号が、哀願が、すべて入り混じった声で叫び続ける。
「ユウナと一緒に私も死ぬんだ!!!!」
手に持った剣が再び喉へ近づく。
リリアはその腕に必死にしがみつきながら叫んだ。
「まだ、手はあります!」
「……!?」
リリアの言葉に、ルシエラの動きが止まった。
その目がリリアの方へ向けられる。
それは、半ば禁忌の術。
操霊術の第七階位に属する、失われた命を呼び戻す奇跡。レベル帯だけなら習得している者もそれなりにはいる。
だが、操霊術士の中には、この術を絶対に使わないと決めている者が多い。
リリアもまた、その一人だった。
魂の輪廻を捻じ曲げることへの忌避。
それはこの世界に生きる者にとって、決して軽いものではない。
しかし、ドラゴンゾンビ戦の最後の指示の時、ユウナが見せた何かを託すような眼差し――。
あれは、リリアへの「お願い」だったのだ。
『あなたの主義を曲げてでも、頼む。私のためじゃない……ルシエラのために……』
死者を蘇らせる魔法。
しかしその代償として、蘇った者の魂には拭い去れぬ穢れが刻まれる。
それは、人の業を深め、世界への冒涜となる行為。
「……全く。恨みますよ、ユウナさん」
リリアは小さく笑ってため息をつき、震える手を抑えて意識を術の行使へと向けた。
死後、早ければ早いほど「穢れ」の影響は抑えられる。成功率は、今この瞬間が最も高い。
「……いいですかルシエラさん。この術は、死者の魂を強引に引き留めるためのものです。術の行使が完了するまで一時間。
あなたにとっては、きっと人生で一番長い一時間になるでしょう。
――それでも、耐えて待っていてください。
必ず、成功させます」
それだけ告げると、リリアは両手で印を結び、呼吸すら忘れたかのような極限の集中に入った。
「操、第七階位の魂。生命、魂魄、拘束――帰魂」
リリアの手から、銀色の光が溢れ出す。それは凍てつくような冷たさと、魂を焼き切るような熱さを併せ持った、禁じられた光だった。
ルシエラは、その光の檻の中で、ひたすらにユウナを抱きしめていた。
一時間。
ただ一時間。
それだけのことが、どうしてこんなにも遠いのか分からない。
ユウナの身体は、刻一刻と熱を失っていく。
ルシエラはその冷たさを打ち消すように、何度も何度もユウナの髪を撫で、頬に自身の頬を押し付けた。
「……まだ、少しだけ温かい」
震える声だった。
ルシエラの光を失った瞳は、ユウナだけを見ている。
彼女はもう、周囲で何が起きているのかさえ感知していなかった。
ときおり戦場の外側で轟音が響き、モンスターの咆哮が地を揺らしても、ルシエラはユウナを守る番犬のようにその身体を抱いて身を屈め、ひたすらに耐え続ける。
「……やだ」
ぽつりと零れる。
「やだよ、ユウナ……」
返事はない。
「起きて……」
唇が震える。
「起きてよ……」
それでも抱きしめるその腕だけは、決して緩めなかった。
―――
十分ほどが過ぎたのか、三十分だったのか、もう分からない。
時間の感覚は、とうに壊れていた。
ただ、ユウナの身体が冷たくなっていく、それだけが残酷なほどの現実だった。
まるで世界そのものが、ユウナを死者として受け入れようとしているかのようだった。
ルシエラの指先が、ユウナの髪を梳く。
ただ眠っているだけだと、何度も何度も自分に言い聞かせるように。
「(お願い。お願いよ……)」
声にならない祈りが、胸の奥で渦を巻く。
「(私の命ならいくらでも持っていっていい。ユウナの代わりになれというのなら、今すぐにでも……)」
狂気と執着の淵で、一秒が永遠のように引き延ばされる。
そして――
「――【リザレクション】!!」
戦場跡に、運命を書き換えるための残酷な奇跡が降り注いだ。




