ドラゴンゾンビ①
最初に異変に気づいたのは、ユウナだった。
ほんのわずかな違和感。
勝利の余韻に紛れそうなほど小さな、それでいて決して見過ごしてはいけない何か。
ユウナの視線が、倒れ伏したグレータードラゴンの死体を走る。
死んでいる。
それは確かだった。
さきほど完全に活動を停止したことを、ユウナは自分の目で確認している。
だが――。
ぴくり、と……動くはずのない巨体が、わずかに動いた。
ユウナの表情が一変する。
「離れて!!」
反射だった。
叫ぶと同時に、すぐそばまで歩み寄っていたリリアを引き寄せ、後ろへ投げ飛ばすかのようにドラゴンから引き離す。
「わわわわわわ!?」
リリアは慌てて数歩たたらを踏み、どうにか倒れずに踏みとどまった。
「いきなり何を……っ!」
言い終える前に、リリアも理解する。
グレータードラゴンの死体が、ゆっくりと身を起こしたのだ。
ありえない動きだった。
さっきまで確かに命を失っていたはずの巨体が、骨と肉を軋ませながら立ち上がる。
その目にはもう生者の光はない。濁りきった、底なしの空洞のような眼。
それがまっすぐ、目の前の人族たちを睨みつけていた。
「ドラゴンゾンビ……」
リリアが、かすれた声で呟く。
ドラゴンの死体が、死の間際に抱いた妄執によってアンデッド化した存在。
その行動原理は、ただ一つ。
死ぬ直前に残した、強烈な感情。
すなわち――ユウナたちへの復讐。
生きていた頃よりもなお純粋に、なお執拗に、その一点だけに縛られた亡骸の王だった。
「ユウナ、あれのレベルは……」
ルシエラが低く問う。
「……20よ」
一瞬躊躇った後、変わりない現実を受け止めるように呟いた。
つい先ほどまで戦っていた生前のグレータードラゴンより、さらに格上。
「ヴォルォオオオオオオオオオオッ!!!!」
ドラゴンゾンビが吠えた。
それは咆哮というより、呪いに近い声だった。
死者の喉から無理やり絞り出されたような、濁った響き。
その瞬間。
前方、街を目指して爆走し、人族戦力と激突していたモンスターの群れの動きがぴたりと止まった。
そして一斉に向きを変える。
三人とドラゴンゾンビへ向かって、濁流のように突っ込んでくる。
「マジですか~!?」
さすがにリリアの声が裏返った。
だが、その横で。
「ふふ……」
ユウナが、小さく笑った。
その声に焦りはなかった。
むしろ、こういう最悪の事態にこそ慣れきっている者の落ち着きがあった。
「……マジですか~」
リリアは半ば呆れたように呟いたが、冷静なユウナを見ているうちに、自分の狼狽も急速に引いていく。
ユウナは即座に戦況を組み立てた。
「時間制限ミッションよ!」
声が鋭く飛ぶ。
「スタンピードの群れがこちらに到達するまでに、ドラゴンゾンビを倒して離脱する!」
絶望的な条件だった。
生前のグレータードラゴンより、攻撃力も耐久力も明らかに上。
しかもアンデッド化している以上、痛みも恐怖もない。
ただ殺意と妄執だけを燃料に動く、死せる災厄。
だがユウナは、わずかに口元を吊り上げる。
「だけど、基本的な行動は生前と変わらない……どころか真語魔法は使えなくなってるはずよ」
事実ではあるが、同時に気休めでもある。それは分かっているが、そう言って気を奮い立たせる。
目の前の圧倒的な存在に気圧されれば、それで勝機がなくなるのが分かっているから。
その時。
「……っ!? 〈魂の救済者〉が!」
ルシエラの持つ剣が、ひときわ強く輝いた。
瞬間。
ルシエラの脳裏へ、焼けつくような感覚が流れ込む。
――許すな。
言葉ではない。
だが確かに、〈魂の救済者〉の意志が伝わってきた。
摂理を拒否して、魂を穢した亡骸。
本来ならば輪廻に還るべき命を、妄執だけで無理やり繋ぎ止めた存在。
それを断て、と。
ルシエラは目を細めて頷いた。
剣を握る手に、自然と力がこもった。
その横で、ユウナがニヤリと笑った。
「その剣、やっぱりアンデッド特効だったわね」
「はい。さっきまでとは違う……異質な強さを感じます」
ルシエラが剣を構える。
呼応するように、〈魂の救済者〉の輝きがさらに増した。
濁った瘴気を纏うドラゴンゾンビへ向けて、白銀の光が真っ直ぐ伸びる。
「ふふっ、そのくらいこっちに有利な点はあってもいいでしょ」
ユウナがいつもの余裕のある口調で言った。
絶望的な状況の中にあっても、その声は明るく、むしろ楽しげにさえ聞こえた。
「いいわね。じゃあ――あれ、ちゃんと成仏させてやりましょうか!」
「はい!」
二人の気勢が同時に跳ね上がった。
目を合わせて頷き合う。
リリアが支援に徹するため、素早く後ろに跳び退る。
「さあ――第2ラウンド開始よ!」




