グレータードラゴン③
リリアの杖が、淡く光を帯びた。
「いきますよ~」
落ち着いた声だった。
戦場の只中にあっても、その調子は変わらない。
「【アース・ヒールⅡ】」
次の瞬間、柔らかな光がユウナとルシエラを包み込む。
裂けた肉が閉じ、焼けた皮膚が癒え、削られた体力が引き戻されていく。
だが、それで終わりではなかった。
「【ヒールスプレーSS】」
白色の粒子が霧のように舞い、ルシエラの身体へ降りかかる。
生命力が、さらに押し戻される。
そして間を置かず、リリアは次の賦術へ繋げた。
「《連続賦術》――【ヒールスプレーSS】」
もう一度。
回復。
回復。
さらに回復。
一手で三重に重なる癒しが、ルシエラの傷を瞬く間に埋めていく。
その間にも、ユウナは止まらない。
『【ヒールスプレーSS】! 《リカバリィ》!』
自らも賦術と錬技を重ね、削られた体力を即座に引き戻す。
そのまま一歩踏み込み、回復の流れを切らすことなく斬撃へ転じる。
刃が走る。
ドラゴンの鱗がまたも裂け、血が飛んだ。
ルシエラも遅れない。
「《リカバリィ》」
短く錬技を発動し、さらに腰のポーチからポーションを抜き放つ。
「《ポーションマスター》」
流れるような動作で一気に飲み干す。
回復を終えた次の瞬間には、もう剣が振るわれていた。
胴体から翼、尾の基部にまで、届く部位をまとめて薙ぎ払い、巨体の各所へ着実に傷を刻みつけていく。
グレータードラゴンの攻撃は、確かに強烈だった。
翼の叩きつけは大地を抉り、尾の薙ぎ払いは風を切り裂き、爪の一撃は岩をも容易く引き裂く。
灼熱のブレスは周囲の空気を白熱させ、高位真語魔法は死の宣告そのものだった。
そのどれもが、人を一撃で屠り去るに足る、絶対的な破壊力を持っている。
だが――
削った分が即座に埋まる。
傷が塞がる。
体力が戻る。
倒れない。
いや、ただ追いついているだけではない。
回復の勢いは、削りを上回ろうとしていた。
グレータードラゴンの瞳に、初めて明確な恐怖が宿る。
“倒れない”。
“削り切れない”。
幻獣の王にとって、それは理解しがたい異常事態だった。
その戸惑いを、ユウナは見逃さない。
「チャンスよ、ルシエラ!」
叫ぶと同時に踏み込む。
魔力を乗せた一撃が、角の根元を覆う鱗を裂き、その奥の肉へ達した。
ルシエラが即座に応じる。
「押し切ります!」
跳躍、大剣が唸りを上げて振り回される。
もちろんそれはただ、力任せに振り回されたものではない。
頭部。
翼。
尾。
複数部位を同時に捉えた斬撃。
鮮血が噴き出し、傷ついた翼が断末魔の痙攣を起こしながら力なく垂れ下がる
グレータードラゴンが怒りに吠えた。
その咆哮は凄まじい。
しかし、もはや先ほどまでの圧倒的な反撃の重みは失われていた。
翼は動かず、猛烈な叩きつけは不可能になり。
前脚は自らの巨体を支えるだけで精一杯で、爪による攻撃も、重量を生かした突進も、すでにままならない。
後方では、リリアが一歩もぶれずに戦況を見守っていた。
必要な回復支援を、最適のタイミングで差し込み続ける。
「回復、維持します~」
その声がある限り、前線は崩れない。
グレータードラゴンも、リリアを先に潰そうと考えなかったわけではない。
小賢しい回復役を先に葬れば、戦況は一気にこちらに傾く――理性はそう判断していた。
だが、ドラゴンがわずかでも攻撃の矛先を彼女に向けようとするたび、目の前の二人の人族が猛烈な勢いでそれを阻んでくる。
踏み潰せば容易く死ぬはずの、小さな生き物。
しかしその二体は、巨大な体躯と強大な力を持つ自分に、まるで鉄の枷をはめ込むように動きを制限してくる。
強引にリリアへの攻撃を優先すれば――その瞬間、本能が激しく警鐘を鳴らした。
ユウナとルシエラの刃が、急所を一瞬で抉り、巨体を地に沈める未来が、はっきりと感じ取れた。
だからこそ、ドラゴンは歯噛みしながらも、回復役を無視せざるを得なかった。
戦場は苛烈を極めていた。
時間にすればわずか数分。
だがその密度は極限に達していた。
そして――決定的な瞬間が訪れる。
ユウナの一撃が、深く入った。
「そこ!」
ルシエラが呼応する。
「了解!」
二人の動きが完全に重なる。
交差。
連撃。
一点集中。
頭部へ。
生命の核へ。
竜の知恵と統率、その中心へ。
グレータードラゴンの動きが、目に見えて鈍り、巨体が大きく揺らぐ。
そしてついに、その強大な生命力にも、限界が訪れた。
グル……ォオオオオオ……
漏れたのは、悔しさと怒り、そして無念の混ざった咆哮だった。
それはもはや強者の声ではない。
終わりの声だった。
ズシン……。
巨体が崩れ落ちる。
大地が揺れ、土煙が高く舞い上がった。
一瞬の静寂。
「……」
ユウナはなおも油断なく、倒れたドラゴンを見据え続ける。
その活動停止を完全に確認してから、ようやく小さく息を吐いた。
緊張を解いて剣を下ろす。
それを見て、ルシエラもゆっくりと構えを解いた。
「……討伐完了」
その言葉とほぼ同時に、後方からリリアが歩み寄ってくる。
「おつかれさまでした~」
いつもの調子で、にっこりと笑う。
そして、倒れてなお圧倒的な存在感を放つドラゴンの死体を見上げた。
「……素材、すごそうですね~」
そのあまりにもリリアらしい第一声に、ユウナはふっと笑う。
「ええ、そうね」
スタンピードそのものは、まだ収束していない。
戦いはまだ終わっていない。
それでも今のこの時だけは、三人とも、確かな勝利の手応えを噛みしめていた。




