グレータードラゴン①
【フライト】による高速飛行。
三人の身体は風を裂き、スタンピードの大きなうねりを外側から迂回していく。
モンスターの群れは地を埋め尽くすほどの規模だったが、それでも空を行く三人の速度は圧倒的だった。
大きく回り込んだはずなのに、みるみるうちに群れの最後尾へ追いついていく。
目標は、ただ一体。
グレータードラゴン。
その巨体は、大集団の中にあってなお異様な存在感を放っていた。
土煙の向こうにあっても見失いようがない。
そこが災厄の核であるかのように、濃密な威圧感を帯びている。
「わたしはここで~」
ドラゴンに追いつく少し手前で、リリアがふわりと高度を落とした。
地面へ降り立ち、外套の裾を整える。
ユウナはすぐに頷く。
「ええ、【イニシアチブブースト】は任せて!」
赤いマテリアルカードを抜き放つ。
指先で弾くように起動された賦術が、空気の流れそのものを歪めた。
理をねじ曲げ、遥か格上の存在から先手を奪い取る。
本来なら、竜のような存在を相手に“先制”など成立するはずがない。
だが、それを無理やり引き寄せてしまうのが、アルケミストの真骨頂だった。
間髪入れず、リリアが詠唱へ入る。
「操、第九階位の守。防御、守備、強化―――強壁」
魔力が脈打つ。
「【プロテクションⅡ】」
次の瞬間、三人の身体を厚い防御膜が覆った。
目には見えないはずの加護が、はっきりとした重みを伴って肌へ乗る。
「そして~」
リリアはさらに複数のマテリアルカードを取り出す。
その動きに無駄はない。
緩んだ口調とは裏腹に、手元だけが異様に洗練されていた。
「賦術【バークメイルSS】、行使」
緑の光が弾ける。
ユウナとルシエラの身体へ、物理防御を底上げする強化が重なっていく。
「戦闘特技《連続賦術》発動~」
ユウナの目が、わずかに細まった。
《連続賦術》。
一度目と同じ対象に限られる代わりに、賦術を二連続で叩き込める技。
「【ヴォーパルウェポンSS】、行使です~」
今度は赤い光が二人の剣へ宿る。
刃が、ひときわ凶悪な鋭さを帯びた。
一連の強化が整った、そう思い……
ユウナが自分の魔法詠唱へ入ろうとした時だった。
「《ファストアクション》~」
「《ファストアクション》!?」
思わずユウナが振り返る。
スカウトの戦闘特技。
先手を取った最初のラウンドに限り、二回行動を可能にする切り札。
リリアがそこまで積んでいるとは、さすがのユウナも読んでいなかった。
その驚きを置き去りにするように、リリアの詠唱が続く。
「操、第二階位の付。魔力、抗力―――抗魔」
「【カウンターマジック】」
空気が震える。
攻撃力。
物理防御力。
魔法防御力。
そして魔法抵抗力。
一呼吸のあいだに、すべてが跳ね上がった。
「……すごい」
ルシエラが思わず感嘆を漏らす。
ユウナもそれに、小さく頷いた。
「これは……想像以上ね」
その直後だった。
「はわわわわ……八万ガメル吹っ飛びました~」
リリアが青ざめた顔で呟く。
一拍。
「……気持ちい~、癖になりそうです~」
「…………」
「…………」
一瞬、ユウナとルシエラの視線が奇妙に絡み合う。
「と……ともかく、“釣る”わよ!」
ユウナが半ば強引に仕切り直し、二人は同時に地へ降り立った。
着地点は、リリアの前方30m。
そして、そこからドラゴンまでの距離もまた30m。
30mと言うのは、大半の魔法や賦術の射程距離であり、そう言った術を扱う者にとって一番大事な距離である。
目測でありながら、ぴたりと狙い通り。
誤差はせいぜい数センチほどしかない。
ユウナは着地と同時に、すでに詠唱へ入っていた。
「真、第十階位の攻。冷気、吹雪、嵐風――猛雪」
魔力が、刃物のように鋭く収束していく。
「【ブリザード】!」
次の瞬間。
凍てつく嵐がグレータードラゴンの巨体を呑み込んだ。
吹き荒れる氷雪は、自然現象とは比べるべくもない厳しさで、氷の刃となった暴風が鱗を削り、露出した隙間へ白い霜を食い込ませる。
周囲の空気が一瞬で凍り付き、ドラゴンの踏みしめた大地さえ白く染まった。
その巨体がわずかに軋む。
鱗の隙間から白煙にも似た冷気が立ち上った。
強大な生命力に対して、致命傷にはならない。
だが――無視できる一撃でもなかった。
グレータードラゴンは足を止めた。
ゆっくりと、首を巡らせる。
その眼が、ユウナ達を捉えた。
矮小な人族が三体。
だが――その瞬間、理解する。
ただの人間ではない。
自分を滅ぼしうる者たちだと。
向かう先の街に住む数万の人間よりも、この三体の方がよほど危険であると、本能が一瞬で悟る。
グレータードラゴンは、咆哮を上げた。
怒りと、警戒と、殺意をこめた声。
そのまま、大地を砕くように踏み込み、一直線に駆け出す。
同時に大きく息を吸い込んだ。
肺が膨らむ。
喉奥に熱が満ちる。
来る。
「《ファストアクション》!」
ユウナが即座に動く。
「真、第二階位の強。生命、強化―――強身」
「【バイタリティ】!」
生命抵抗を高める強化魔法。
特にブレスのような一撃に対して、生死を分ける守りになる。
その直後。
グレータードラゴンの口から、炎が吐き出された。
轟、と。
世界そのものが焼けるような劫火。
普通の人間なら、灰すら残らない炎だった。
それがユウナとルシエラを正面から包み込む。
だが――
二人は立っていた。
火傷は負った。
熱が皮膚を焼き、痛みは確かに走る。
それでも、致命傷には程遠い。
〈陽光の魔符〉が一枚、ぱたりと破れ落ちる。
〈消魔の守護石〉がひとつ、砕け散る。
そして計算通り、その炎は二人よりさらに後方に位置するリリアまでは届かない。
ユウナとルシエラが、同時に剣を握り直す。
炎の向こうで、ドラゴンが迫る。
大地が揺れ、空気が唸る。
その中で、ユウナは不敵に笑った。
「さあ、ここからが本番よ!」




