スタンピード③
「報告の通りね」
小高い丘の上。
街へ押し寄せようとするモンスターの波を見下ろしながら、ユウナが低く言った。
眼下に広がっているのは、まさに濁流だった。
数えきれないほどの魔物が、土煙を巻き上げながら前へ進んでいる。
一見すれば、ただ無秩序に暴走しているだけのようにも見える。
だが、よく見れば違った。
「前の方にいるのは、比較的弱い小型モンスターですね」
ルシエラが目を細める。
「次が中型くらいの、少し強めなモンスター群です~」
のんびりとした口調のまま、リリアが続けて言った。
そして――
「後方に大型」
ユウナの視線が、さらに奥へ向く。
「いるわね、最後方」
そこにいたのは、グレータードラゴンだった。
ただ一頭で国ひとつを滅ぼしかねない、まさしく災厄そのもの。
他の魔物たちよりもなお一段大きく、遠目からでも分かる圧倒的な存在感を放ちながら、群れの最後尾に君臨している。
その巨体が一歩進むたびに、地面がわずかに震えるように見えた。
リリアがふと首を傾げる。
「……並び方に、ちょっと作為を感じるんですよね~」
「言われてみれば……不思議ですね」
ルシエラも同意するように呟いた。
知性のない魔物が多数を占めるただの群れの行進なら、もっと雑然としていてもおかしくない。
それなのに、眼下の群れは完全ではないにせよ、どこか法則だった隊列めいたものを形作っている。
前列に弱く小さめの個体。
中ほどに中型。
最後方に大型。
空を飛ぶ速度の速い魔物も、走る速さに合わせて飛んでいる。
まるで、誰かが意図して並べたかのように。
ユウナは視線を動かさぬまま、ぽつりと言った。
「だから、人族でも蛮族にも与しない“第三の剣”が引き起こしているんじゃないか、って説もあるわね」
「ほえ~、そんな話もあるんですね~」
リリアが感心したように目を丸くする。
ルシエラも、わずかに眉を寄せた。
「でも、言われてみれば……ありそうな気はします」
「ええ」
ユウナは肩をすくめる。
「まさに、“ありそうな気がする”ってだけで唱えられてる説よ」
それから付け加える。
「証明できるものなんて、何一つないわ」
「まあ、研究しようにも手段なんてありませんしね~」
リリアが気楽そうに言う。
一見すればずいぶんと呑気な会話だった。
しかしその間も、誰一人としてスタンピードから視線を外してはいない。
つまりこれは、油断ではい。
緊張の只中にあってなお、平静を保てているという証だった。
迫り来る災厄を前にして、呼吸を乱さない。
恐怖に呑まれない。
必要な情報だけを拾い、必要な一手だけを考える。
そういう者たちの会話だった。
やがてユウナが、小さく息を吐く。
「さあ、そろそろ行くわよ」
ユウナとルシエラ、二人は頷き合い、揃って軽く集中する。
――そして。
「「 [異貌] 」」
二人の角が伸びる、肌は青白くなり、開いた目は赤く光っている。
高レベルのナイトメアは、異貌化することで命中力が上がり、与えるダメージが増大する。
敵は最強種、打てる手があるのなら出し惜しみはしない。
直後、ユウナの足元から淡い光が広がり、ルシエラとリリアを含めた三人の身体を包み込んでいく。
「【フライト】」
ふわり、と。
重力がほどけた。
三人の身体が、ゆっくりと宙へ浮かび上がる。
作戦は、すでに共有済みだった。
それはいたってシンプル。
【フライト】による高速移動で、スタンピードの後方へ回り込む。
そして。
グレータードラゴンのみを攻撃し、群れ本体から切り離すこと。
騎士団と冒険者たちが街へ向かう前列のモンスターを受け止めるあいだに、こちらは災厄の核とも言える、強大な力を持った幻獣を叩く。
それがこの戦いの始めかただった。
ただ、この戦いでは、以前までのような事前のバフは準備できない。
「今から賦術でバフをかけても、群れの後方へ回り込んでる間に持続が切れちゃうからね」
ユウナの目がリリアを映す。
「だからリリア、お願いね」
「はい~、本職ですからね、お任せあれ~」
リリアはユウナの視線を正面から受け止め、自信をもって答えた。
三人の表情が引き締まった。
ユウナが前方へ身体を傾ける。
ルシエラが〈魂の救済者〉の柄を握り直す。
リリアは杖をくるりと回し、魔力の流れを確かめた。
眼下では、モンスターの群れがいまだ濁流のように進み続けている。
その奥に巨竜がいる。
波の向かう先には、守るべき街がある。
次の瞬間。
三人の身体は、風を裂いて飛び出した。
迫り来る災厄の、その最奥へ向かって。




