表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

57/85

スタンピード①

 それからしばらくの間、二人は比較的穏やかな日々を過ごしていた。


 ギルドから回ってくるそれなりに物騒な討伐依頼をこなし、時にはリリアから素材採取を頼まれて、西区の工房や街の近郊、さらに足を延ばして通常は人の立ち寄らない秘境を行き来する。


 もちろん、命のやり取りや危険は当たり前のようにある。


 それでも、変異種やレジェンダリーゴブリンのような、世界の理そのものが狂ったような災厄に比べれば、それはずっと“普通”の仕事だった。


 戦って、稼いで、帰る。

 食事をして、風呂に入り、眠る。


 時には軽口を叩き合い、時にはくだらないことで言い争い、時にはリリアの工房で見慣れない品を眺めながら、ユウナが財布の紐を緩めすぎないようルシエラが見張る。


 そんな、当たり前の日々。


 だが――その穏やかさを切り裂くように、ヴァルクレアの街を激震が襲った。


 北の山から、突如としてモンスターの大群が溢れ出したのだ。

 ただの群れではない。

 一塊となり、濁流のように前へ前へと突き進む、死の奔流。


 ――スタンピード。


 原因は不明。


 目的も不明。


 ただひたすらに前進し、その進路上にあるすべてを呑み込み、踏み荒らしながら進み続ける“災害”。


 すでに山に近い村が一つ、その波に飲まれていた。


 幸い避難は間に合って、人的被害は出ていない。

 だが、だからといって被害が軽いわけではなかった。


 家屋は叩き潰され、畑は踏み荒らされ、連れ出せなかった家畜は呑み込まれ、村はもはや自力では立て直せないほどに破壊されている。


 それでもなお、モンスターの流れは止まらない。


 そして、次にその進路の先にあるのは――ヴァルクレアの街だった。


「全冒険者に招集をかけろ! 騎士団、衛兵と連携して街を死守するぞ!」

 ギルド長の声が、緊急招集として街中へ走った。


 当然、その報はユウナとルシエラにも届く。


 二人はすぐにギルドへ呼ばれ、そこでギルド長から“特別な依頼”を受けることになった。


 執務室の空気は重かった。

 ギルド長の表情にも、いつものような余裕はない。


「街の騎士団と衛兵が防衛線を構築する。冒険者は遊撃だ」

 低く、はっきりと告げる。


「その中でも――お前たちには、最悪の相手を叩いてもらいたい」


 一呼吸。


「グレータードラゴンの存在が確認されている」


 その名を聞いた瞬間、ルシエラがごくりと喉を鳴らした。


 グレータードラゴン。


 その名だけで、脅威としては十分だった。


 ユウナもまた、わずかに目を細める。

「それは……ある意味、レジェンダリーゴブリンより厄介ね」


 低く洩れた声には、はっきりとした緊張が滲んでいた。


 グレータードラゴンのモンスターレベルは18。

 数字だけを見れば、レジェンダリーゴブリンより低い。


 だが、問題は単純なレベル差ではなかった。


 ドラゴンは多部位モンスターだ。


 頭部。

 胴体。

 左右の翼。

 そして尻尾。


 五つの部位が、それぞれ独立した意志を持つかのように襲いかかってくる上、巨大な胴体そのものが障壁となり、知恵と統率の中心である頭部への近接攻撃を阻む。


 一対一の近接戦を得意とする者にとって、それは最悪に近い構造だった。


「【ブリンク】による回避嵌めは通用しませんね」

 緊張のままにルシエラが言う。


 単発単体攻撃なら躱せる。

 だが、多角的に同時に押し寄せる部位攻撃までは捌ききれない。


 ユウナも静かに頷いた。

「そうね……」


 束の間考え込み、そしてギルド長を見る。

「だからギルド長。一つ提案があるわ」


―――


 そして場所は変わり、西区。


 炉の熱と金属の匂いが漂う“作り手”たちの街の中にある、リリアの工房を訪れたユウナはそこで、早速本題を切り出していた。


「わ、わたしが~、ドラゴンと戦うんですか~?」


 リリアが、さすがに困惑したような声を漏らす。

 間延びした話し方はいつも通りだったが、その目には明らかな警戒があった。


 ユウナは首を横に振る。

「ドラゴンの攻撃圏内に入る必要はないわ」


 落ち着いた声で、理路整然と続ける。

「戦闘前の強化バフ。それに、戦闘中は遠距離からの適時支援。それをお願いしたいの」


 それを聞いてリリアは、困ったように笑った。

「……わたしはただのアルケミストですよ~?」


 その言葉に、ユウナはわずかに口元を歪める。

「隠さなくていいわよ」


 まっすぐに見据えた。


「あなた、操霊魔法を使えるでしょう?」


 その瞬間、リリアの肩がぴくりと揺れた。


 ユウナは続ける。

「中途半端な回復役を連れて行っても、ドラゴンの前では足手まといになるだけ。でも、あなたなら話は別よ」


 その目はもう、確信を得ている様子だった。


 テラスティア大陸から海を渡ってきたこの女が、いざという時自分の身も守れない、普通の錬金術師兼商売人であるはずがない。


 ユウナは最初から、そう見抜いていた。


「見たところ、少なくとも操霊魔法は12レベル……いえ、多分13レベル」


 一拍置いてから、さらに言う。


「アルケミスト技能は14レベルってところかしら」


 リリアはしばらく黙っていた。

 店内は静まり返る。


 奥の工房では調合用の大鍋が煮え続けているのだろう。薪が小さく爆ぜる音だけが、かすかに流れてきた。


 やがて、リリアはふぅ、と長い息を吐いた。


「……そこまでわかりますか~」


 観念したように、両手をゆるく上げる。

「当たり、ですよ~」


 その返答に、ルシエラが目を見張った。


 ただの変わり者のアルケミストだと思っていた。

 作る道具の性能が高い、優秀な錬金術師であり、同時に抜け目のない商売人。

 それが本当の姿だと、ルシエラは疑いもしていなかった。

 ユウナが最初から見抜いていたことに、静かな感嘆を覚える。


 リリアは少し考えるように視線を落としたあと、ゆっくりと顔を上げる。


「いいですよ~」

 あっさりとした口調だった。


「街がなくなったら、商売どころじゃないですし~」


 そこまで言って、いつものあの、によりとした笑みが戻る。


「それに……」


 口元の笑みが、ほんのわずかに深くなる。


「グレータードラゴンの素材なんて、滅多に手に入りませんからね~」


 ユウナの口元にも、不敵な笑みが浮かんだ。


「決まりね」


 そうしてユウナとルシエラは、頼もしい協力者を得ることになった。


 迫り来るスタンピード。


 その中にいるのは、災厄の象徴たるグレータードラゴン。


 ヴァルクレアの命運を懸けた戦いが動き始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ