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異郷からの錬金術師②

 ヴァルクレア西区。


 金槌が鉄を打つ乾いた音が通りに響き、木材を削る規則正しい擦過音がその合間を縫い、炉の熱気に混じった油と鉄の匂いが、街区全体に薄く染みついている。


 ここは、“作り手”たちの街だった。


 その一角、鍛冶通りの裏手に、新しく掲げられたばかりの看板を下げた小さな店がある。


 『リリアの工房(アトリエ)

 そこが新たにこの街に流れ着いたアルケミストの工房兼店舗だった。


 扉をくぐると、空気がわずかに変わった。


 整然としている。


 だが同時に、どこか“未完成”な気配を帯びている。


 棚には見慣れない素材や、精緻に磨き込まれた道具が並び、中央の展示スペースにはテラスティア産と思しき品々が、ただの売り物というより、これから何かに変わるための可能性そのもののように置かれていた。


 完成品の店というより、今まさに何かが生まれ続けている“現場”の匂いがする場所だった。


 そして――。

「いらっしゃいませ~」


 間延びした声が、工房の空気をやわらかく揺らした。


 長い耳を揺らしながら奥から現れたのは、一人のエルフの少女だった。


 腰まで伸びた細くて軽やかな金色の髪が、工房内に差し込む光を受けて淡く輝いている。

 見た目は15歳くらいか、華奢で小柄、人形のように愛らしい。

 大きな碧色の瞳と、ふんわりとした頰、桜色の小さな唇。


 全体的に幼げで可憐な美少女だが、長命種であるエルフなので、見た目通りの年齢ではないかもしれない。


「はじめまして~、リリアです~」

 柔らかな笑みを浮かべている。


 だが、その目の奥に宿るものは、単なる穏やかさではなかった。


 立ち居振る舞い。

 纏う魔力の質。

 それでいて、決して誇示しない静けさ。


 ――強い。


 ユウナの目が、ほんのわずかに細くなる。


「ユウナよ」

 短く名乗る。


「あなたの話は聞いてるわ」


 リリアは、くすりと笑った。

「こちらもですよ~」


「ハイペリオン級の冒険者さん~」


 その言葉に、ルシエラがわずかに眉をひそめる。


「分かるのね?」


 ユウナの問いに、リリアは人差し指で軽く顎をかきながら。


「まあ、一目見れば~」


 ほんの一瞬。


 空気が、スッと引き締まる。


 だがそれは敵意ではない。

 力量を測り合う、静かな確認のようなものだった。


 互いが互いをただの客と店主ではなく、対等に交渉できる存在として認識した瞬間だった。


 そして、そこから先は驚くほど早かった。


 消耗品の補充の話から始まり、素材の供給、製品の優先販売、希少品の流通経路、工房側が必要とする護衛や情報提供まで、話題は滑るように広がっていく。


 ユウナは価格と流通、希少性を瞬時に組み立て、必要な条件を無駄なく提示する。


 リリアはそれを受け、製造能力と独自性、そしてテラスティア由来の品を扱えるという価値を織り込んだ提案を返す。


 言葉の応酬。


 だが、それは戦いではない。

 高度に洗練された“取引”だった。


 ルシエラはその様子を見ながら、小さく息を呑む。


 戦場で見せる強さとは、また別のもの。

 ただ剣を振るうだけでは辿り着けない領域。


 これがユウナ――剣の強さだけではない、交渉術、洞察力、瞬時の計算力を兼ね備えた、ただの冒険者とは一線を画す存在。


 やがて話はまとまり、張り詰めていた空気がふっと緩む。


「いい関係が築けそうで嬉しいわ」

 ユウナがそう言って、右手を差し出した。


「わたしもです~」

 リリアがその手を取る。


「引っ越してすぐに、まさかハイペリオン級の冒険者さんとお知り合いになれるとは思いませんでした~」

 しっかりと交わされる握手。


 利害の一致。

 そして――小さな信頼の芽。


 その時だった。


 リリアの視線が二人へ交互に向けられる。


「ところで~……」

 にやり……とは違う……によによと、笑みの質が変わった。


「こんなものもあるんですけど~」

 棚の奥から取り出されたのは、小さな瓶だった。


 紫色の液体が、内側でゆらりと色を揺らしている。


「これは?」

 大抵の薬なら、一目見ればそれが何なのか分かるユウナだが、この薬は見たことがない。


「〈性転換薬〉です~」


 ――時間が止まった。


 ルシエラの思考も止まった。


 数秒。


「え、ええええっ!? な、ななななな……そんなもの……!」

 ルシエラの顔が一気に真っ赤になり、手をぶんぶんと振る。


 完全にパニックだった。


 リリアは楽しそうに続ける。

「おふたり、仲が良さそうなので~」


「こういうのも、需要あるかな~って思いまして~」

 悪びれる様子はまったくない。


「効果は基本的に永続ですけど、〈アンチドーテポーション〉とか、神聖魔法の【キュア・ポイズン】で簡単に解除できますよ~」


「副作用もありません~」

 さらりと言い切る。


「ふぅん、こんなのがあるんだ」

 ユウナは興味深そうに瓶を覗き込んだ。


「ちょっとお値段は張りますが、テラスティアではわりとポピュラーですね~」

 リリアはのんびりと言う。


「お祭りの余興とか~、演劇とか~、冒険者的には変装や潜入にも使われますし~」


 一拍。


「……あとは、子供がほしかったり、別の刺激がほしい同性のカップルさんにも人気ですよ~」


「!?!?!?」

 ルシエラの思考が完全に限界を迎えた。


「~~~~っ!!」

 声にならない。


 その隣で、ユウナは一切の迷いなく言った。

「買うわ」


 再び時間が止まる。


「か……!? ぅええええええっ!?!?」

 ルシエラ、完全崩壊。


 リリアがぱちぱちと瞬きをする。

「お~、即決ですか~」


 ユウナは腕を組み、真顔で言う。

「実用性が高い」


「どこがですか!?」

 ルシエラの叫びが、店内に響く。


 ユウナは淡々と指を折った。

「潜入、変装、状況適応……あと、単純に希少品よ」


 ルシエラが一瞬、納得しかける。

「な、なるほど……」


 ――が。


 ユウナはさらに続けた。


「そして何より」

 ちらりと、ルシエラを見る。


「選択肢が増える」


 ルシエラの顔面が、完全に爆発した。

「なっ……!?」


 言葉が出ない。


 リリアは楽しそうにくすくすと笑いながら、小瓶を丁寧に包んでいく。

「毎度ありです~」


「ちょっと待ってください!!」

 ルシエラが慌てて割って入る。


「用途を説明してください、用途を!!」


 ユウナは、まったく揺るがない。

「今言ったでしょ」


「納得できてません!!」


 店内に賑やかな声が響いた。


 そうして初めての契約は――和やかに、そして少し騒がしく結ばれた。


「もう……! ユウナ、もうっ!!」


 もっとも、一人だけはまったく和やかではなかったが。

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