異郷からの錬金術師①
「嘘……!?」
店全体に響くほどの声だった。
「これ、〈世界樹の小さな実〉じゃない!?」
ルシエラは思わず隣を振り向いたが、その時のユウナはもう、周囲の視線も店内の空気も忘れたかのように、棚の一角に置かれた小さな果実だけを見つめていた。
その視線は、まるで獲物を見つけた猛禽のように鋭く、普段努めている冷静な姿を吹き飛ばすほどの熱を帯びている。
「何ですか、それ? 見た目はただの木の実のようですが……」
ルシエラが首を傾げながら問うと、ユウナは果実から一切目を離さないまま、どこか上擦った声で答えた。
「食べればかなりの重傷でも一瞬で治る果実よ。しかも、MPの回復効果まであるわ」
ユウナは自分の言葉の意味を噛み締めるように、わずかに息を呑む。
効果そのものが強力なのももちろんだが、本質はそのアイテムが持つ希少性にあった。
少し冷静になり、声のボリュームを落とす。
「……でも、これはテラスティア大陸にしかないはずの代物よ?」
ユウナ達のいるケルディオン大陸。
元はここと地続きだったと言われるアルフレイム大陸。
そして、さらに遥か彼方にあるというテラスティア大陸。
ケルディオンとアルフレイムの間でも、海を越えた大陸間の公式な交流はない。
命を賭けて荒波と危険な海路を越える必要があり、そして帰れる手段が基本的にはない。
更に何が待ち受けているかも分からない他大陸を目指すなど、よほどの命知らずか、常識をどこかへ置き忘れた冒険家でもなければ考えもしない。
ましてやアルフレイムから更に遠いテラスティア大陸ともなれば、認識としては、お互いに伝説のような存在である。
だからこそ、彼の地の産物がこのヴァルクレアに現れることなど、あり得ない話であった。
それはつまり、このアイテムの存在そのものが異物と言うことである。
カウンターの向こうで店主が肩をすくめる。
「さすがはユウナだな……」
感心したように笑ってから、店主は少しだけ声を落とした。
「実はな、ごく最近、その“命知らず”がこの街に流れ着いてね」
ユウナの肩が、ぴくりと揺れる。
「話を聞く限りじゃ、高レベルのアルケミストらしい。近いうちに自分の店を構えるとかで、これはその挨拶代わりにと置いていった物さ」
その言葉は、ユウナの中で火花のように弾けた。
錬金術師。
それは、単なる調合師ではない。
知識と技術によって既存の理を読み解き、時にねじ曲げ、多種多様なマジックアイテムを創り出す、探求者の系譜である。
もちろん、ユウナ自身もその技能を修めている。
だが、彼女の主な用途は賦術による戦闘補助である。
アイテム作成に手を出すこともあるにはあるが、あくまで趣味と、必要に応じた実用の延長に過ぎない。
時間も手間も素材も食うその分野へ、本格的にのめり込む余裕は、今のところなかった。
しかし――。
もし、その冒険家が、大陸を渡り切るほどの腕を持ち、この街に腰を落ち着けるのだとしたら。
もし、この地で新たな品や技術が流通するのだとしたら。
その価値は、計り知れない。
取り戻しかけていたユウナの理性は、そこで綺麗に吹き飛んだ。
「どこ!?」
がたん! と、音を立てて身を乗り出す。
「そのアルケミスト、どこに住んでるのよ!?」
「お、おい! ちょっ――」
店主が言い終える前に、ユウナの手がカウンターを越えた。
襟首を掴む。
「ぐおっ!?」
次の瞬間、店主の身体が前後に激しく揺さぶられた。
「早く! 住所! 場所! 店を出す前でもいいから会わせなさい!!」
「お、おまっ……落ち着け! く……首が! 首が取れる!!」
ハイペリオン級の握力で揺さぶられ、店主の顔はみるみる青ざめていく。
しかし、理性を失ったユウナはまったく止まらない。
「ユウナ、落ち着いてください!」
さすがに見かねたルシエラが背後から腕を回し、ユウナを強引に引き剥がす。
それでもユウナはなお前のめりになりながら、必死の形相で叫んだ。
「だって〈世界樹の小さな実〉よ!? それを持ち込めるようなアルケミストがこの街に来たのよ!? 落ち着いていられるわけないでしょう!?」
珍しく本気で取り乱しているユウナの熱に押されながら、店主は喉を押さえて何度も咳き込み、涙目のまま恨みがましい視線を向ける。
「……お前な、本当に……ハイペリオン級ってのは、もっとこう、落ち着いたもんだと思ってたぞ……」
だが、ユウナはそんな苦言など耳に入っていない様子で、なおもルシエラの腕の中から身を乗り出そうとしていた。
――そして。
数分間ルシエラに抑えられてじたばたしていたユウナだったが、ようやく少し落ち着きを取り戻す。
「ルシエラ、離して……私は冷静よ」
「冷静な人は、店主さんの襟首を掴んで住所を吐かせようとはしません」
それでも一応話は通じるようになったので、ルシエラはユウナを解放した。
「多少、気持ちが前のめりになっただけよ」
「それを冷静とは言いません」
ルシエラがきっぱりと言うと、ユウナは不満そうに唇を尖らせた。
店主は乱れた襟を直しながら、深々と息をつく。
「……まったく。教えるから、今度こそ落ち着いて聞けよ」
その言葉に、ユウナの目が輝きを増した。
「ええ大丈夫。私は落ち着いているわ」
その声は、間違いなく落ち着いていた。
ただし、目だけはまったく落ち着いていなかった。




