魔剣の迷宮③
「ユウナ、この剣、叩き折っていいですか?」
「待ちなさい待ちなさい待ちなさい」
安置された長剣に向かって大剣を振りかぶったルシエラを、ユウナが慌てて止めた。
今のルシエラの口調は、冗談のようにも聞こえる。
だが、もしここで「許可する」などと言おうものなら、ルシエラは本当に、一切の躊躇なく剣を振り下ろしていただろう。
それくらいには、彼女の目は本気だった。
「こんなの、魔剣にありがちなただの“試す系試練”なんだから、一々目くじら立てないの」
「……ユウナだって泣いてたくせに」
「……何か言った?」
「別に……何も言ってませんよ」
ルシエラはすっと視線を逸らした。
ユウナは一瞬、じっとりと睨んだが、すぐに気を取り直す。
「……ふん。とにかく、試練には合格したんだから、剣を使う資格はあるはずよ」
そう言って、ルシエラに台座の剣を手に取るよう促した。
ルシエラは、安置された長剣をじっと見つめる。
「でも、大丈夫ですか、これ。呪われたりは……」
「……」
その言葉に、ユウナは一瞬、動きを止めた。
確かに、この剣が与えてきた最後の試練の内容は、救いのないものだった。
目の前に現れたことだけを見れば、ただ親しい者や見知った人々の姿をした存在を斬らせるだけ。
悪趣味と言えば、これ以上ないほど悪趣味だ。
だが、ユウナはそうではないと感じていた。
この試練が問うていたもの。
それは覚悟。
救われないところまで堕ちてしまった者を、これ以上苦しまないように送ってやれるのか。
悲しみに耐え、それでも刃を振るえるのか。
慈悲とは、ただ優しく手を差し伸べることだけではない。
時には、終わらせることでもある。
「大丈夫よ、多分」
ユウナは静かに言った。
「その剣は、慈悲深いのだと思う」
「……」
ルシエラはその言葉を受け止めるように目を伏せた。
それから、ゆっくりと頷く。
「分かりました」
ルシエラは長剣へ手を伸ばした。
そして、その柄を握った瞬間――。
剣の意識が、ルシエラの中へ流れ込んできた。
かつてこの地で散った人族の無念。
輪廻へ戻れず、望まぬ形でこの場所に縛りつけられた者たち。
自分が自分でなくなっていく苦しみ。
それを見つめながら、何もできなかった深い悲しみ。
そして、同時に。
妄執に囚われ、自ら望んで堕ちた者への激しい怒り。
それらが、一瞬で頭の中へ流れ込んでくる。
「……」
ルシエラは無言のまま、長剣を鞘から抜いた。
その瞬間。
長剣は姿を変えた。
ルシエラの身の丈に迫るほどの、白い刃を持つ大剣へと。
柄は、驚くほど手に馴染んだ。
重さも、長さも、重心も、まるで最初から彼女のためにあつらえられていたかのようだった。
ルシエラは一度、静かに剣を振る。
白い刃が空を裂き、その軌跡に淡い光が残った。
重い。
けれど、振れる。
大きい。
けれど、扱える。
ルシエラは、小さく息を吐いた。
そして、もう一度だけその白い刃を見つめてから、大剣を鞘に納めるように動かす。
すると巨大な白刃は淡い光へほどけ、元の長剣の鞘へと静かに収まっていった。
「……〈魂の救済者〉」
ルシエラは、最後に意識へ流れてきた言葉を、小さく呟いた。
それがこの剣の名だった。
白い光が、ほんの一瞬だけ静かに揺れた。




