魔剣の迷宮②
やがて二人は、迷宮の最奥部へ辿り着いた。
そこは大きな部屋だった。
壁には重厚な装飾が施され、古びた燭台には青白い火が静かに揺れている。
床には複雑な文様が刻まれ、足を踏み入れた瞬間から、空気そのものが張り詰めているのが分かった。
その中央。
一振りの長剣が、台座に安置されていた。
「ここからが本番よ」
ユウナが、静かな声で言った。
「強力な敵が現れるか、それとも――」
そこまで言った瞬間。
辺りが闇に包まれた。
すぐ横にいたはずのルシエラの気配がふっと消える。
ユウナはわずかに目を細めた。
「……なるほど、試練系ね」
そう呟いた直後、暗闇だった視界が開けた。
そこは見慣れた光景だった。
すなわち、ヴァルクレアの街並み。
青い空。
爽やかな風。
いつもの建物。
いつもの通り道。
あまりにも自然で、あまりにも穏やかな日常が、そこには広がっていた。
その中で、ユウナの姿に気づいた男の子が、ぱっと顔を輝かせる。
「ユウナおねーちゃ――」
駆け寄ってくる声が、途中で歪んだ。
「――んんんんんんん」
言葉が形を失い、笑顔が崩れていく。
幼い身体は見る間に色を失い、濁った唸りだけを漏らしながら、ぎこちない足取りでユウナへ手を伸ばした。
「……」
ユウナは無言で剣を抜いた。
一閃。
ためらいはなかった。
子供だったものは、その場で崩れ落ちる。
その瞬間、空が不気味な赤に染まった。
爽やかだった風は腐臭を運ぶ濁った空気に変わる。
穏やかだった日常は、悪夢のような景色へと塗り替えられていく。
周囲へ目を向ける。
見知った街の人々が、耳障りな唸り声を上げるアンデッドと化していた。
カフェの店主。
鍛冶屋のドワーフ。
生鮮市場の親父。
通りで笑っていた子供たち。
皆が、歪んだ顔でユウナへ殺到してくる。
ユウナは近づいてくるものから順に斬り伏せた。
一体。
二体。
三体。
見慣れた顔が、次々と倒れていく。
それでもユウナは、無言のまま剣を振るった。
向かってくるものを斬り払いながら、通りを進んでいく。
なぜそこへ向かうのかは分からなかった。
しかし、足は勝手に進んでいた。
やがて辿り着いたのは、冒険者ギルドだった。
扉を開けると、中から赤い液体が流れ出してきた。
同時に、奥からギルド長が駆け寄ってくるが、その目に生者の輝きはなかった。
「ユウナ! 非常事態――」
言い終わる前に、ユウナはその首を刎ね飛ばした。
ギルド長らしきものは数歩進み、そのまま前のめりに倒れ伏す。
ユウナは、歩みを止めなかった。
ギルドの中へ足を踏み入れる。
次の瞬間、そこはユウナの拠点――宿の三階フロアに変わっていた。
部屋中央の円卓。
壁際の武器ラック。
使い慣れたキッチン。
大きな窓。
目を閉じていても正確に歩けるほど慣れた部屋。
その中に――。
「ユウナ……」
ルシエラがいた。
いや。
ルシエラのようなものが、いた。
ナイトメアの穢れなど比較にならないほど濃く、重い気配を纏い、その場で泣き崩れている。
「ユウナ……助けて……」
その声も。
その顔も。
その仕草さえも。
すべて、ルシエラそのものだった。
「お願い……」
そう言いながら、ルシエラのようなものがユウナの方へ手を伸ばす。
その瞬間。
ユウナは一足で間合いを詰めた。
刃が走る。
「ゆ――」
言葉はそこで途切れた。
ルシエラのようなものは、ユウナへ手を伸ばしたまま、静かに崩れ落ちる。
「これ以上、悪趣味な茶番に付き合う気はないわ」
ユウナがそう言った瞬間。
視界が切り替わった。
気づけば、彼女は元の迷宮の最奥部に立っていた。
ユウナは横を見た。
そこにはルシエラがいた。
涙を流しながら、ちょうどユウナの方に振り向くところだった。
ルシエラの方にもユウナが“出た”のだろう、そして自分と同じタイミングで“戻った”……つまり躊躇わずに斬ったと言うことだろう。
目が合う。
ユウナは目を細めて、静かに言った。
「合格よ」
ルシエラが息を呑む。
ユウナは笑顔を作って言った。
「泣いてなければ満点だったわね」
その言葉に、ルシエラはゆっくりと首を横に振った。
「ユウナだって……泣いてますよ……」
「……え?」
ルシエラの言葉で、ユウナは初めて気づいた。
……自分の頬を、涙が伝っていることに。
「嘘……? ……っ!? 違うわよ、これは……っ!」
慌てて言い訳しようとする。
しかしその前に、ルシエラがユウナを抱きしめた。
「分かってますよ、ユウナ……」
やさしく。
けれども強く。
「泣いているから……満点です」
「……もう」
ユウナは力を抜くように小さく息を吐いた。
そして、そっとルシエラを抱き返す。
青白い灯火が揺れる迷宮の最奥で、試練を越えた二人は、しばらく言葉を交わさなかった。
ただ互いの温もりだけを確かめるように。
そこにいることを確かめ合うように、静かに抱き合っていた。




