魔剣の迷宮①
「……まあ、当然アンデッドだらけよね」
今しがた倒し、動かなくなったアンデッドを見下ろしながら、ユウナは剣を軽く払った。
刃についていた腐肉が、その遠心力に耐えられず床に飛ぶ。
そして湿った不快な音を立てて、石床にこびりついた。
「うーわ……」
それを見てしまったユウナは、心底嫌そうな顔をした。
迷宮内部は、完全にアンデッドの巣窟だった。
強さはそこそこ。
少なくとも、ユウナとルシエラが正面から苦戦するほどではない。
もっとも、それはあくまで二人だから言えることだ。
先ほど倒したアンデッドも、ロトンビーストと呼ばれるモンスターレベル11の強敵である。
それが五体。
並の冒険者なら、遭遇した時点で撤退を考える相手だった。
「ブレスは避けられないから嫌いなのよね」
ユウナはそう言って、ルシエラの方を振り向いた。
「ルシエラ、〈救命草〉を出して」
「了解です」
短く答え、ルシエラは背負い袋から〈救命草〉の束を取り出した。
〈救命草〉は、傷を癒やすための薬草である。
ポーションのような即効性はないが、安価で持ち運びがしやすく、時間さえ確保できるなら、どれだけレベルが上がった冒険者であっても手放せない実用的な品だった。
一戦ごとに、しっかりと身体を回復させて進む。
迷宮に入ってから、相当な時間が経過していた。
そうして丁寧に休息を挟まなければ、身体だけでなく、気力の方が先に保たなくなる。
アンデッドとの戦いは、精神を削る。
特に、ゾンビ系はひどい。
見た目。
臭い。
斬った時の重い感触。
五感すべてを、生理的嫌悪で責め立ててくる。
「まあ、罠まみれの迷宮じゃなかっただけマシか」
ユウナはそう言って、軽く肩をすくめた。
もっとも罠に関しては、単にユウナが苦手なだけである。
ルシエラは救命草の準備をしながら、ふとユウナの顔を見た。
「ルシエラは大丈夫? 気持ち悪くなったりしてない?」
「あ、はい。大丈夫……」
そう答えたあと。
ルシエラは、意を決したように頭を下げた。
「ユウナ、ごめんなさい!」
「……」
「私、ずっと迷っていました」
自身の言葉を確認しながら、ルシエラは続ける。
「あれだけ言われたのに、完全には割り切れていなかったんです」
そして、顔を上げた。
その目に、もう先ほどまでの揺れはなかった。
「でも、もう大丈夫です」
もちろん、ユウナはルシエラの心の揺れに気づいていた。
気づいていて、何も言わなかった。
きっと乗り越える。
そう信じていたからだ。
ユウナは小さく息を吐き、そっとルシエラの頭に手を置いた。
「あなたのその優しさは貴重よ」
静かな声だった。
「私にはないものだから」
ルシエラの目が微かに揺れる。
ユウナはゆっくりと頭を撫でながら続けた。
「でも、それは弱点になることが多い。だから私は、それを捨てた」
「ユウナは、十分優しいですよ」
即座に返したルシエラに、ユウナは驚いた顔をした。
それから、ふっと笑う。
「いいのよ。私は、こんな私を結構気に入ってるから」
撫でていた手を、髪を梳くようにしながら下ろした。
ルシエラの茜色の髪が、指の隙間をさらさらと流れる様に滑り抜けていく。
「だから、ルシエラはその優しさを大事にしなさい」
真剣な声になる。
「それが必要になる場面も、絶対にある」
そして、いつものように軽く肩をすくめた。
「危ない時は、私がフォローしてあげるから」
ルシエラはまっすぐに頷いた。
「はい!」
―――
「それにしても……」
再び迷宮を歩きながら、ユウナがふと思い出したように口を開いた。
「人間相手に随分と心を砕くわね。
魔域で初めて会った時の様子だと、あなたは人を憎んでいるようにも見えたけど?」
ルシエラは、思い出すように目を伏せる。
「……そうですね」
歩きながら静かに答えた。
「私は、受け入れられないことに絶望していました。その中には、人を憎む気持ちも、確かにありました」
一拍置く。
「そして魔域に迷い込んだ時、その感情が爆発したみたいに、頭の中がいっぱいになって……」
そこで、ルシエラは嬉しそうにユウナを見た。
「気がついたら、ユウナが手を握ってくれていました」
正面から見つめられて、ユウナはわずかに顔を赤くした。
視線を逸らし、咳払いをひとつ。
「……なるほど、意識の奥底の感情を増幅させる……か。やっぱり魔域は恐ろしいものなのね」
そう言ってから、ユウナはわざと明るい口調に戻した。
「じゃあ、私が魔域に取り込まれたら、穏やかで優しい私になっちゃったりするのかしら?」
ルシエラは少し考えた。
そして、真顔で言う。
「……スイーツモンスターが爆誕すると思います」
「……容赦ないわね、あなた」
アンデッドが蔓延る迷宮の中。
冷たい空気と不穏な気配に満ちたその場所で、二人は小さく笑い合った。
それはひどく場違いで。
けれども、確かに二人らしい時間だった。




