叱責
そして四日後、二人は目的地である戦場跡に到着した。
そこは〈大破局〉の時、人族と蛮族が激しくぶつかり合った戦場の名残だった。
見渡す限り、荒れた大地が広がっている。
乾いた風が吹き抜け、ところどころに朽ちた武具や、半ば土に埋もれた石壁の残骸が見えた。
草はまばらで、木々は痩せ、空は晴れているはずなのに、どこか薄い灰色の膜がかかったように感じられる。
まるでこの土地そのものが、過去の戦いの記憶をいまだに手放せずにいるかのようだった。
「ここでは人族も奮戦して、長い間、蛮族と互角に戦っていたらしいわ」
辺りを見回しながら、ユウナが言った。
「まあ、結局は負けてしまったんだけどね」
だが、この地は蛮族の領土にはならなかった。
非業の死を遂げた人族が、その執念ゆえに輪廻へ戻ることを許されず、アンデッドと化して、勝利した蛮族たちを襲ったからだ。
ただし、それは彼らが変わらず人族の側だったという意味ではない。
彼らはただ、生者を襲う。
蛮族であろうと、人族であろうと関係ない。
理性を失い、死の残滓となった彼らにとって、目の前にいる生者はすべて等しく敵だった。
「今は神官たちの巡礼のおかげで、だいぶ穢れも払われてきているらしいわ。実際、見た感じもそうなんだけど……」
そこで、ざわり、と周囲の空気が震えた。
乾いた土の下から、崩れた石壁の陰から、何かが立ち上がるような気配が生まれる。
「まだまだ、こうしてアンデッドが出てくる。だからこの土地は、どちらの陣営も手を出せないままなのよね」
二人の周囲を、重装のスケルトンたちが取り囲んでいた。
朽ちかけた鎧をまとい、錆びた剣と盾を構えた骸骨の兵士たち。
その眼窩には命の光などなく、ただ生者への敵意だけが、濁った魔力となって揺らめいている。
「……スケルトンガーディアンね」
モンスターレベルは7。
標準的な人族の騎士に匹敵する強さを持つ、厄介なアンデッドだった。
「でも、ユウナ……このスケルトンたちは……」
ルシエラが、わずかに戸惑いを見せる。
彼らはもともと、人族だったのではないか。
この地を、人々を守るために戦い、しかし蛮族に敗れ、それでもなお守ろうとして、こんな姿になってしまった者たちなのではないか。
その迷いが、ルシエラの目に浮かんでいた。
「……こうなってしまったら、それはただの“魔物”よ」
ユウナは、突き放すように言った。
元が人族であろうと関係ない。
同情して手を鈍らせたところで、相手は絶対に躊躇しない。
生まれながらに穢れを宿すナイトメアであるルシエラにとって、その境界を完全に割り切ることが難しいのも、ユウナには分かっていた。
しかし。
分かっているからこそ、ここで曖昧にはできなかった。
「その感情は不要よ。捨てなさい」
きっぱりと言い放つ。
「MPは節約する。早く終わらせるために、あなたの範囲攻撃が必要よ」
「……はい」
返事は小さかった。
そのわずかな揺らぎを、ユウナは聞き逃さなかった。
次の瞬間。
「ルシエラ! 二度目はないわよ!」
鋭い叱責が飛んだ。
同時にユウナはスケルトンへ向かって駆け出し、腰の剣を抜き放つ。
踏み込みと同時に一体を斬り伏せ、さらに《ファストアクション》で返す刃が、もう一体の骸を砕いた。
「……っ! はい!!」
ルシエラも、弾かれたように動いた。
ユウナとは反対方向へ駆け、新しく買った大剣を振るう。
大きく、重い斬撃が空気を裂き、五体のスケルトンガーディアンをまとめて薙ぎ払った。
ほどなくして、スケルトンたちは全滅した。
乾いた骨の残骸が土の上へ崩れ落ち、辺りには再び、風の音だけが戻ってくる。
剣を鞘へ納めたユウナは、足早にルシエラのもとへ歩み寄った。
「……こんな場所に入り口を作った魔剣よ。内部にもアンデッドがいる可能性は高いわ」
「……」
「やれるの?」
「……やれます。だって、迷宮の中のアンデッドは、人族のものではないか――」
「そういうことを言ってるんじゃない!」
ルシエラの言葉を遮った声は、鋭く、容赦がなかった。
「っ!?」
ルシエラは思わず身を固くする。
ユウナと出会ってから今日まで、これほどまでに厳しい言葉を真正面から向けられたことはなかった。
叱られたことはある。
諭されたこともある。
しかし、今のユウナの声には、それとは違う冷たさと鋭さがあった。
「アンデッドは敵よ。中には言葉を発する個体もいる」
一呼吸。
「けど、それは人と意思を疎通するためじゃない」
ユウナはルシエラをまっすぐ見据える。
「油断させて、殺すためよ」
「……」
「約束しなさい」
声が低くなる。
「死者がどんな姿をしていようと、何を言ってこようと聞かないこと。出会ったら躊躇わず斬りなさい」
ルシエラは黙った。
拳が、ぎゅっと握られる。
ユウナはさらに続けた。
「それができないなら、別に責めはしないから今ここでそう言いなさい。けどその場合、探索はここで終わりよ」
静かな宣告だった。
怒りではない。
失望でもない。
ただ冒険者として、生きて帰るために必要な線引きだった。
「どうする?」
ルシエラは握った拳に力を込める。
迷いは完全には消えない。
同情も、痛みも、胸の奥には残っている。
それでも。
「……行きます」
「そう。約束できるわね?」
「はい!」
今度の返事には、確かな芯があった。
ユウナはそれを聞いて、ようやく小さく頷く。
「よし。じゃあ行きましょうか」
その声からは、先ほどまでの鋭さは消えていた。
いつものユウナに戻ったわけではない。
だが、必要なことはもう伝えた、という確かな区切りがあった。
やがて二人は、朽ちた砦の中にある迷宮の入り口へたどり着いた。
半ば崩れた石造りの砦。
かつて門だった場所は瓦礫に埋もれ、その奥には、古い戦の気配が濃く残っている。
そのさらに深部。
不自然なほど滑らかな黒い石の扉が、周囲の廃墟から浮き上がるように存在していた。
扉の表面には、見慣れない紋様が刻まれている。
それは剣の形にも、翼の形にも、あるいは傷跡にも見えた。
「さあ、ここからが本番よ。使える魔剣だといいんだけど」
「もう獲得する前提ですか?」
「当たり前よ。私に狙われて無事だったお宝はないわ!」
「控えめに言って、悪党の台詞ですね」
多少のぎこちなさはまだ残っている。
先ほどの叱責が、すべてなかったことになるわけではない。
それでも二人は、いつものように言葉を交わしながら、魔剣の迷宮へと足を踏み入れた。




