魔剣の迷宮講座
「魔剣の迷宮の厄介なところは、対策が取りづらいってところよ」
紹介された探し屋から正式に情報を買い取り、詳しい話を聞いたあと、二人は拠点へ戻っていた。
広い居間のテーブルには、すでにさまざまな道具が並べられている。
それらを一つひとつ仕分けながら、ユウナはまるで講義でも始めるかのような口調で言った。
「魔動機文明の遺跡なら、敵はだいたい魔動機。魔法文明の遺跡なら魔法生物が多い。蛮族の拠点や魔物の巣の討伐なら、そもそもの敵が分かっている。
遺跡なんかは、たとえ一度の探索で攻略できなくても、態勢を整えて再挑戦すればいい」
そこで、ユウナはくるりと振り返る。
「そんな中、私たちができる準備は何でしょうか。はい、ルシエラさん、お答えになって?」
「あ、えっと……」
突然の妙なノリについていけず、ルシエラは固まった。
だが、それでも律儀に考えるあたりが、実にルシエラだった。
「回復アイテムをたくさん準備する……ですか?」
「んー、まあ半分正解ね」
ユウナがいつもの口調に戻ったので、ルシエラは内心でほっとする。
「ただし、回復っていうのは、単純にHPやMPを回復させるものだけを指すわけじゃないの」
そう言いながら、ユウナは窓を開けた。
外に吊り下げられていた干し肉を取り、室内へ戻る。
「魔剣の迷宮は、剣の個性によって、広さも構造も本当に自由自在よ」
干し肉をぷらぷらと振りながら、ユウナは続けた。
「中には、入ったらそこは陸も見えない大海原でした――なんて、挑戦させる気があるのか疑いたくなる迷宮もあるわ」
ルシエラが、微妙な顔になる。
「それは……迷宮なんですか?」
「魔剣がそう言い張れば迷宮よ」
ひどい理屈だった。
「まあ、それは極端な例だとしても、攻略に何日もかかる迷宮なんてのはザラにある。
1回撤退して次の日再び入ったら構造が変わってた……何てこともあるわ」
ユウナは干し肉をテーブルに置きながら言った。
「だからこの場合の“回復”には、一度のアタックで攻略するつもりで、食料や水みたいな、生きるための物資も含めて考えなきゃ駄目なの」
そう言って、指を一本立てる。
「食料」
さらに、もう一本。
「水。でもこれは私の【クリエイト・ウォーター】があるから、気にしなくてもいいわ」
どや顔だった。
もっとも、これはかなり重要な話でもある。
水は、探索において最重要級の物資であり、同時に最重量級の荷物でもある。
それを現地で確保できるというだけで、持ち込む物資の量は大きく変わるのだから、ユウナが多少どや顔をしても、そこは許される案件だった。
三本目。
「休息手段」
四本目。
「消耗アイテム」
最後に、ユウナは手を開いてルシエラへ向けて言った。
「――つまり、“生き続けるための準備”全部が含まれるの」
そこで、にっと笑う。
「お分かりかしら、ルシエラさん?」
その笑みを見て、ルシエラは確信した。
この人、絶対にわざとやっている。
だが同時に、言っている内容自体は正しい。
戦場では、強い者が生き残る。
だが長期探索では、最後まで動ける者が生き残る。
魔剣の迷宮とは、きっとそういう場所なのだ。
「……はい」
ルシエラは素直に頷いた。
「つまり今回は、“戦闘準備”だけでは足りないんですね」
「そういうこと」
ユウナは満足そうに頷く。
「だから荷物は多いわよ」
そう言って、テーブルの上を指差す。
保存食、水袋、ロープ、毛布、火口石、調理器具、魔晶石、魔符、薬草、ポーション類。
そして――大量の甘味。
ルシエラの視線が、そこで止まった。
「……ユウナ」
「なに?」
「その大量のお菓子も、“生存に必要な物資”なんですか?」
ユウナは、真顔で答えた。
「糖分は脳の栄養よ」
「今、少しだけ言い淀みませんでしたか?」
「気のせいね」
いけしゃあしゃあと言い切った。
ルシエラは小さくため息をつく。
だが、そんなやり取りすら楽しいと思ってしまう。
こうして並んで荷物を確認し、危険な場所へ向かう準備をしながら、当たり前のように軽口を交わしている。
その事実が、くすぐったくて心地よかった。
ユウナはそんなルシエラを横目で見ながら、次の荷物へ手を伸ばした。
そして声が真面目になる。
「魔剣の迷宮っていうのは、“挑戦者を試す場所”なのよ」
その言葉に、部屋の空気がわずかながら張り詰めた。
「剣によって、試し方は違う」
ユウナは、並べた道具へ視線を落としたまま続ける。
「力を見る剣」
「知恵を見る剣」
「技術を見る剣」
「精神を見る剣」
そこで一度言葉を切る。
「だから、何が起きても不思議じゃない」
ユウナは机の上の地図を手に取り、丁寧に畳んだ。
南の戦場跡。
そこに現れた魔剣の迷宮。
それがどんな試練を用意しているのかは、まだ誰にも分からない。
「……まあ」
そして、ユウナはいつもの調子へ戻る。
「だからこそ、面白いんだけどね」
ルシエラはそんなユウナの顔を見る。
未知を恐れていないわけではない。
危険を理解していないわけでもない。
それでも前へ進む。危険を知った上で、その先にあるものを見たいと笑う。
それが、ユウナという人なのだ。
ルシエラは小さく息を吐き、それから頷いた。
「準備、手伝います」
「ええ、お願い」
ユウナは笑った。
「未来の魔剣使いさん?」




