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鍛冶屋にて

 更に数日が経ち、ユウナの怪我も完全に癒えた頃。


 街の西地区、職人達の工房が並ぶ通りにて。

 そこで鍛冶を営むドワーフは、作業台の上に置かれた大剣を見下ろし、深く眉間に皺を寄せた。


「……よく折れなかったな、これ」


 その一言に、ルシエラの肩がわずかに揺れる。


 作業台の上に乗っていたのは、ルシエラが使っている大剣だった。

 ギガントボアに始まり、ドルギラス変異種を斬り、ドレイクバロンの首を落とし、ゴブリンロードの群れを薙ぎ払った大剣。


 ユウナに買ってもらってから、まだそれほど日数が経ったわけではない。

 いや、むしろ普通の剣ならば、ようやく手に馴染み始める頃合いと言ってもいい。


 だがその刀身は今、無数の刃こぼれと細かな亀裂に覆われ、戦い抜いてきた時間の濃さを、これ以上なく雄弁に物語っていた。


「芯が歪んじまってる。研ぎ直しでどうにかなる段階じゃねえ」


 ドワーフは刃をハンマーで軽く弾いた。

 返ってきた音は、金属の澄んだ響きとはほど遠い、ひどく鈍いものだった。


「このまま使えば、遠くないうちに折れるぞ」


 ルシエラは黙って剣を見つめた。

 買ってから、まだ長い時が経ったわけではない。

 けれどそれは、初めてユウナに買ってもらった剣だった。


 ユウナと共に死線を越えた剣だった。


 思い入れは大きすぎるほどに大きい。


 しかし――その剣はもう限界だった。


 ユウナが腕を組む。

「買い替え……で済む話じゃなさそうね」


「そうだな」

 ドワーフは短く答えた。


「そっちの嬢ちゃんの膂力と、お前さんらが立つ戦場を考えるとな。Sランク武器とはいえ、普通の大剣じゃもたねえ」


 それから、声を低くする。

「魔法の武器化じゃ足りねえ、魔剣級が必要だ」


 ルシエラが顔を上げた。


「魔剣……」


 その言葉には、ただの武器とは違う響きがあった。


 それは使い手に従うだけの道具ではない。

 時に意志を宿し、時に試練を与え、時に所有者の在り方そのものを問う、特別な剣。


 ドワーフは大剣から視線を外さず、さらに続けた。

「ちょうど最近、うちのなじみの“探し屋”から話を聞いたんだが、南の戦場跡に魔剣の迷宮が現れたらしい」


 “探し屋”とは、魔剣の迷宮や奈落の魔域(シャロウアビス)、あるいは古代の遺跡などを探し出し、その場所の情報を冒険者やギルドへ売ることで生計を立てる者たちのことである。


 宝の匂いを嗅ぎつける者。

 危険の気配を見極める者。

 そして、命知らずに道を示す者。

 冒険者にとっては切っても切れない、頼らざるを得ない存在だった。


 ユウナの目が、すっと細くなる。


 ――魔剣の迷宮。

 すべての魔剣は、〈始まりの剣〉の複製改造品であると言われている。

 そして魔剣の中には、自らを奥深くに秘めた迷宮を作り出すものがある。

 自らを手に入れようとする者を試し、資格なき者をふるい落とすために。


 迷宮内の仕掛けは、剣によってさまざまだ。


 罠。

 魔物。

 謎。

 幻。

 試練。


 その形は一つとして同じではなく、時には挑戦者の心の弱ささえも抉り出してくる。


 だが、ほぼ共通して言えることがある。

 それらは情け容赦なく、全力で挑戦者を排除しに来る。


 力の限り。

 存在をかけて。

 己を振るうに足る者かどうかを、命ごと問いかけてくる。


 だからこそ、そのような迷宮を生み出す魔剣は総じて強力であり、特殊な力を持つものも珍しくない。


 ルシエラは、傷だらけの大剣を見下ろした。

 握った手に、わずかに力が入る。


「……行きます」

 短い言葉だった。


 そこに迷いはなかった。


 ユウナは横目でルシエラを見る。

「やる気は十分ね」


「はい」

 ルシエラは頷いた。


「この剣には、とても感謝しています。ユウナに買ってもらって、ユウナと一緒に戦って……私を、ここまで連れてきてくれた剣です」


 傷だらけの刀身へ、そっと視線を落とす。


「でも」


 その声が、少し強くなる。


「今の私がユウナの隣に立ち続けるなら、これでは足りないんですよね」


 ユウナは何も言わなかった。

 それは事実だったからだ。


 思い入れだけでは、剣は戦場に耐えられない。

 どれほど大事な剣でも、折れてしまえばルシエラを守れない。

 ユウナの隣に立つための力にもならない。


 ルシエラは、深く息を吸った。

「なら、次の剣を取りに行きます」


 ユウナの口元が笑みの形を作る。

「いい返事ね」


 それからドワーフへ視線を向けた。

「その魔剣の迷宮、詳しい場所は?」


「南の戦場跡。ここから歩いて四日ってところだ。追加の情報もあるだろうし、詳しいところは探し屋からちゃんと買ってくれ」


 ドワーフは奥から一枚の古びた地図を取り出し、作業台へ広げた。


 擦り切れた羊皮紙の上には、ヴァルクレア周辺の街道や森、村落、そして南に広がる荒れ地の地形が記されている。


「たけど気をつけろよ。あそこは昔、蛮族との大規模戦があった場所だ。今でも不穏な気配が途切れることなく漂っていて、何が出てくるか分からん場所だ」


「古戦場に、魔剣の迷宮ね」


 ユウナは地図を覗き込みながら笑みを浮かべた。

「いかにもって感じじゃない」


「笑い事じゃねえぞ、嬢ちゃん」

 ドワーフは苦い顔で言った。


「魔剣の迷宮ってのはそこらの遺跡とは訳が違う。欲を出した冒険者が、何人も帰ってこねえ場所だ」


「分かってるわ」


 ユウナはそう言いながら不敵に笑う。

「だから面白いんでしょう?」


「……お前さんに忠告した俺が馬鹿だったよ」

 ドワーフは深くため息をついた。


 その横で、ルシエラはもう一度、自分の大剣を見つめる。


 傷だらけの刀身。

 鈍くなった刃。

 歪んだ芯。


 この剣は、限界まで戦った。


 ならば。

 次は、自分が選ぶ番だ。


 自分の手で、足で、自分にふさわしい剣を取りに行く。


「ユウナ」


 ルシエラは顔を上げた。

「一緒に来てくれますか?」


 その問いに、ユウナは一瞬目を丸くした。


 そして、ふっと息をついて――

「何を今さら」


 当然のように言った。

「あなたが、私の隣に立つための剣を取りに行くんでしょう?

 なら、私が隣にいないでどうするのよ」


 ルシエラの表情が柔らかくなる。


「はい」


 ユウナは、地図を畳むドワーフへ視線を戻した。


「この剣、預かってもらえる?」


「ああ。完全に直すのは無理だが、記念に残せるくらいには整えてやる」


 その言葉に、ルシエラの目が潤んで揺れた。


「……お願いします」

 深く、頭を下げる。


 ドワーフは照れくさそうに鼻を鳴らした。

「任せとけ。戦士が命を預けてきた剣だ。雑には扱わねえよ」


 ルシエラは、もう一度だけ大剣を見る。


 別れではない。

 しかし、ひとつの区切りだった。

 この剣が連れてきてくれた場所から、さらに先へ進むための。


 ユウナが踵を返す。


「じゃあ、準備しましょうか」

 その声には、すでに冒険へ向かう者の響きが戻っていた。


「魔剣の迷宮攻略よ、ルシエラ」


 ルシエラは頷く。


「はい」


 胸の奥に、小さな熱が灯る。


 ユウナと出会ってから、彼女は多くのものを得た。


 居場所。

 相棒。

 恋人。

 戦う理由。


 そして今度は――


 自分自身の剣を。


 南の戦場跡。


 そこに現れた魔剣の迷宮が、二人を待っている。

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