ユウナとルシエラ④
一夜が明け、ルシエラはゆっくりと目を覚ました。
最初に感じたのは、胸元へかかる確かな重みと、腕のあたりに絡みつくぬくもりだった。
逃がすまいとするように、しっかり抱き留められたその感触に、ルシエラはまだ夢の名残を引きずる意識のまま、静かに視線を下ろす。
そこにはユウナがいた。
いつものようにぴたりと身を寄せ、安心しきった顔で眠っている。
ルシエラの口元が、自然とほころんだ。
「……いつも通りですね」
あの激戦で負った深い傷も、神殿での治癒と数日の休養によって、完全と言えるほどに癒えたのだろう。
だからこそ、この寝相もまた、何事もなかったかのように戻ってきたのだと思うと、呆れるより先に安堵のほうが胸中へ広がった。
ルシエラはじっと、ユウナの寝顔を見つめる。
無防備な顔だった。
普段の鋭さも、余裕を含んだ笑みも、計算高い視線もそこにはない。
少しだけ緩んだ唇と、穏やかな呼吸と、心の底から安心しきった表情だけが、朝の光の中に静かに浮かんでいる。
それを見ていると、胸の奥がじんわりと温かくなった。
そこでふと、ルシエラは自分たちの姿に気づく。
ユウナは何も身につけておらず、自分もまた同じだった。
一瞬、思考が止まる。
だが次の瞬間には、昨夜の記憶が鮮やかによみがえってきた。
灯りを落とした部屋。
やわらかく交わした言葉。
触れたぬくもり。
寄り添うまま、互いの存在を確かめ合った時間。
ルシエラの頬に、じわりと熱がのぼってきた。
「……」
そっと視線を逸らす。
気恥ずかしさはあるが、不快さは少しもなかった。
むしろ、そこにあったものはごく自然で、ユウナが隣にいて、互いに想いを伝え合い、その先に昨夜の時間があったのだと思えば、無理も違和感もなく、ただ静かに、そこへ辿り着いたのだと受け入れられた。
そして今も、こうして触れ合っているだけで、身体の奥にやわらかな熱が満ちていく。
ユウナの体温。
穏やかな呼吸。
眠りの中で、ほんのわずかに伝わる小さな動き。
そのすべてが、ルシエラの胸を満たしていた。
ルシエラは目を閉じ、しばらくそのままでいた。
時間のことも考えず、何かをしなければとも思わず、ただ腕の中にあるぬくもりだけを感じていた。
数分。
あるいは、もっと長く。
やがて、少しずつ現実が意識へ戻ってくる。
「……」
ちらりと窓へ目をやると、もう早朝という時間ではなかった。外からは、すでに目覚めた街の気配がかすかに伝わってくる。
「朝食の準備をしなければ……」
ぽつりと呟く。
だが、このままでは動けない。いや、正確には、動かせてもらえそうになかった。
腕が絡め取られている。
脚も捕まっている。
完全にユウナに捕獲されていた。
ルシエラは小さく息を吐く。
「……起きてください、ユウナ」
優しく声をかける。
けれど返事はない。
それどころか、ぎゅっ、と抱きつく力が強くなった。
「……」
少しだけ考える。
だが、結論はすぐに出た。
離してもらわなければどうしようもない。
「ユウナ……」
「……んぅ」
寝ぼけた声が返ってきた。
しかし目は開かない。
そのままユウナは甘えるようにルシエラの名前を呼び、さらに頬を押しつけてくる。
「……起きてください」
「やだ……」
即答だった。
ルシエラはわずかに目を細める。
「子供ですか」
「……まだ寝る」
外で見せるユウナからは想像もつかない、ひどく甘えた声だった。思わず、ルシエラの口元がまた緩む。
「……仕方ないですね」
そう言って、そっとユウナの頭へ手を置いた。
やさしく髪を撫で、指先で梳くように触れていく。
「……んふぅ」
ユウナが満足そうに、かすかな息を漏らした。
その拍子に、抱きしめる力がわずかに緩む。
ルシエラはその隙を逃さず、慎重に身体をずらした。
絡んでいた腕を外し、ほんの少し距離を取る。
ユウナは無意識のまま手を伸ばしかけたが、そのまま再び深い眠りへ沈んでいった。
「……」
ルシエラは身体を起こし、ベッドの上で一度だけ振り返る。
そこには、穏やかな寝息を立てるユウナがいた。
無防備で、安心しきっていて、どこか幼さすら感じさせる寝顔だった。
それを見つめ、ルシエラは小さく笑う。
「……もう少し寝ていてもいいですよ」
静かにそう告げると、ルシエラはベッドを降り、シャツを羽織って朝の支度へ向かった。
その足取りはどこか軽い。
胸の奥には、まだ昨夜から続くやさしいぬくもりが残っていた。




