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ユウナとルシエラ③

「まったくもう……! 何なのよ……まったくもう!」


 ギルドを出て、街の中心部――商業区へ向かう道すがら、ユウナは上機嫌と不機嫌の間を、忙しく行ったり来たりしていた。


 報酬、100万ガメル。


 お金のために戦ったわけではない。

 もちろんそれは本当だ。


 だが、だからと言って、もらって嬉しくないはずがなかった。


 そもそもユウナはお金が好きなのである。


 命を張った結果として正当な報酬が支払われるなら、それは冒険者としても、ユウナ個人としても、大いに喜ぶべきことだった。


 だが、その一方で――あのギルド長である。


 明らかに楽しんでいた。

 しかも全部分かった上で、あえてからかってきた。


 あれほど完全に主導権を握られたのは、冒険者になりたての幼い頃以来かもしれない。


 ……しかし、今回の件で骨を折ってくれたのがギルド長であることも事実だった。


 国への打診も、報酬の手配も、あの速度で進めるには相当な無茶をしたはずだ。


 100万ガメルは嬉しい。


 本当にありがたい。


 でも、からかわれた。


 プライドというか、そういうものが、地味に傷ついた。


 そういうもの全部が混ざり合った結果、ユウナの感情はひどく忙しいことになっていた。


 隣を歩くルシエラは、喜んだり怒ったり、微妙な顔になったりと、くるくる表情の変わるユウナを静かに眺めていた。


 だが、それでも十分ほど歩いて商業区へ着くころには、どうにか気持ちの整理もついたらしい。


 ユウナは、ぱっと顔を上げた。

「さあ、ルシエラ。今日は食べるわよ!」


「程々にしてくださいね」

 無駄だと分かっていても、ルシエラは一応釘を刺しておく。


 昨日まで病人食。

 量も味も控えめな食事を強いられてきたユウナが、ここで止まるはずがない。


 そうして二人が向かった先は――あの、巨大パフェで死闘を演じたカフェだった。


 店に入ると、見慣れたマスターが顔を上げる。

「ああ、ユウナ嬢。いらっしゃい」


 前回のような、勝負前のひりついた空気はない。


 マスターは穏やかな顔で注文を取りに来た。

「今は大食いチャレンジはやってないよ」


「今日はそれじゃないわ」

 ユウナは胸を張った。


「チャレンジじゃないけど……今の私は、甘味に飢えてるの!」

 そう言って、ユウナはマスターの前に革袋をひとつ置いた。


 ずしり、と重い音がする。

 中には、かなりの額の銀貨が詰まっているのだと、音だけで分かるほどだった。


「まずは、メニューにあるスイーツを一通り全部ね!」


 マスターが一瞬だけ目を見開く。


 そのあとで、ゆっくりと笑った。

「景気がいいねえ」


 ルシエラは隣で、小さくため息をついた。


 やはり止まらない。

 分かっていたけれど。


 それでも、こんなふうに全力で嬉しそうなユウナを見ると、無理に止める気も薄れてしまう。


 しばらくして、テーブルには色とりどりの皿が次々と並び始めた。


 焼き菓子。

 果物のタルト。

 冷たいアイス。

 シロップのかかったケーキ。

 クリームがたっぷり乗ったプリン。


 それらを前にしたユウナの顔は、分かり易く輝いていた。


 ルシエラは、その横顔を愛おしそうに眺めていた。


―――


 夜。

 ベッドに寝転びながら、ユウナが満足そうに息を吐いた。


「いい一日だったわ」


 何だかんだで100万ガメルという大金を受け取り、思う存分甘味を満喫し、夜にはようやくボリュームのある肉料理にもありつけた。


 ヴァルクレアに帰ってきてから初めて、風呂もきちんと沸かして入った。

 昨日まで制限されていたことを、今日は全部やってやった。


 そんな顔だった。


 隣でベッドに身を預けたルシエラは、微笑を浮かべてユウナを見ていた。

 その視線に気づいたユウナが、ふと口を開く。


「それにしても……」

 ぽつりと切り出す。


「ルシエラと会って、まだ一か月も経ってないのに」


 天井を見つめながら、静かに続けた。


「ルシエラがここに来る前の生活が、遥か遠い昔のことみたいに感じるわね」


 独りで戦い。

 独りで食べて。

 独りで眠る。


 それが当たり前だったはずなのに。


 誰かに待たれることもなく、誰かと食卓を囲むこともなく、誰かの寝息をすぐ隣で聞くこともなかった。


 そういう日々を、寂しいと思っていなかったわけではない。


 ただ、寂しいと認める必要がなかっただけだ。


「もう、あの頃には戻れないわね」


 少し間を置く。


 それから、ユウナは小さく息を吐いた。


「戻りたくもない……」


 そう言って、軽く目を閉じた。


 ルシエラはすぐに頷いた。


「私もです」


 世界に絶望し、独りで魔域に飲まれかけていた自分を、ユウナが連れ出してくれた。


 ユウナは、たくさんのものを見せてくれた。


 街。

 食事。

 戦い。

 穏やかな時間。


 そして、居場所。


 ルシエラにとって、今の世界はユウナのいる場所そのものだった。

 どれほど広い大陸も、どれほど賑やかな街も、ユウナがいなければ、きっと色を失ってしまう。


 ユウナは目を開けて、天井からルシエラの方へ視線を移した。


 そこで、ずっとユウナを見ていたルシエラと目が合った。


 無言のまま、お互いの顔をその瞳に映す。


 そして見つめ合いながら、どちらからともなく手を伸ばし、指先を絡めるように握った。


 やがて顔が近づき、口づけを交わす。


 ポーションを飲ませた時のような、生存のための動作ではない。

 告白の返事の後の、体に負担をかけない配慮をした、唇が触れるだけのキスではない。


 互いを満たし合う、情熱的なキス。


 月明かりの差し込む部屋の中で、二人は寄り添い、夜を過ごした。

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