ユウナとルシエラ②
そして三日後。
ユウナの身体は、かなりの回復を見せていた。
もちろん、全快と呼ぶにはまだ遠い。
長く歩けば息は上がるし、無理に身体をひねれば痛みも残る。
それでも、少なくとも普通に生活を送るぶんには、どうにか支障がない程度までは戻っていた。
「ルシエラ、今日はギルドに行くわよ」
外行きの服に着替えながら、ユウナがそう告げる。
その声には、久しぶりに外へ出られることへの期待が、隠しきれずに滲んでいた。
ルシエラは少し呆れた顔をする。
「ミッションを受けるには、まだ早いと思います」
その表情には、じっとしていられないんですかこの人は……という感想が、かなりはっきりとにじみ出ていた。
ユウナは眉をひそめる。
「……我慢の足りない子供みたいに見ないでよ。さすがにそれはしないわ」
今回の目的は別にある。
ゴブリン残党狩りの進捗を確認すること。
そして――。
「あと、“ついでに”だけどね」
“ついでに”の部分を、ユウナは妙に強調した。
「レジェンダリーゴブリン討伐で、何とか……こう、特別手当的なものをもらえないかと思ってね……」
言葉の終わりが、わずかに小さくなる。
ルシエラはあっさり返した。
「別に、私相手に見栄を張らなくていいですよ」
56万ガメル。
それだけの額を、消耗品として吐き出したのだ。
厳しいに決まっている。
いや、そもそもそれだけの金額を消耗品として支払えること自体が、すでに普通の冒険者からすれば異常なのだが。
ユウナは素直に肩を落とした。
「うん……正直、かなりキツい……」
命には代えられない。
それはユウナがいつも言っていることだし、ルシエラもその通りだと思っている。
だが、それはそれとして。
少しでも補填してもらえるなら、してほしいと思うのは当然だった。
―――
冒険者ギルド。
「――というわけで、すでに騎士団や地方の警備隊、それに冒険者も多数動員して、ゴブリンロードの掃討作戦を進めている」
ギルド長室を訪れた二人は、まずその進捗報告を受けていた。
「随分と迅速に動いたわね」
ユウナが素直に感心したように言うと、ギルド長は重々しく頷いた。
「ホブ程度ならともかく、ロードはただ事じゃ済まんからな」
そこで、少しだけ顔をしかめる。
「それに、万が一そこからまた伝説級でも出てこようものなら、目も当てられん」
ユウナは苦笑した。
「まあ、さすがにそれはないと思うけど……」
「ともかく」
ギルド長は指を折るようしてに続ける。
「現段階で、十匹以上のロードを狩れている。今のところは順調と言っていいだろう」
「それはよかったわ」
ほっと息をついた。
逃げたゴブリンロードたちがどうなるかは、ずっと気がかりだった。
仮に、王を失い、統率を失っていたとしても、あれらはただのゴブリンではない。
放置すれば、いずれ必ずどこかで被害を出す。
その脅威が、少しずつでも確実に削られていると知れただけで、胸の奥に残っていた重しがいくらか軽くなるようだった。
だが、そのあとだった。
ユウナは珍しく、何かを言い出しにくそうに視線をさまよわせ、わずかにもじもじし始めた。
その様子を見たギルド長は、即座に言った。
「トイレか? 早く行ったほうがいいぞ」
「っ!? 違うわよ! 何てこと言ってんのよ!」
ユウナの顔が一気に赤くなる。
ギルド長は平然としていた。
「じゃあ何だ? もう要件は済んだだろう?」
「……絶対わかって言ってるでしょう」
ユウナはじとっとした目を向ける。
ギルド長の口の端が上がった。
「はっはっは。いつも何でもはっきり言うお前が、そんなに言いにくそうにしているのが珍しくてな」
そう言って、愉快そうに笑う。
ユウナはさらにじとっと睨んだ。
「……ギルド、脱退するわよ?」
「すまんすまん。で、見せてみろ」
「……これなんだけど」
ユウナは恐る恐るといったように、何枚かの紙束をギルド長の前へ置いた。
それは、レジェンダリーゴブリンとの戦いの記録だった。
戦闘の推移。
どの局面で、何を使ったか。
使用した魔法、賦術、消耗品。
そうしたものが、細かく、几帳面に書き込まれている。
ユウナは、さすがに少し自信なさげに言った。
「……冗談みたいな金額でしょう?」
視線が、少しだけ逸れる。
「勝手に行って、勝手に戦って、勝手に痛い目を見ただけだし」
「全部補填しろなんて言わないけど……」
言葉を続けるほどに、声が弱くなっていく。
56万ガメル。
さすがに半端な額ではなかった。
ギルド長は紙束をめくりながら、妙な感想を漏らす。
「……今日はよくよく、お前の珍しい姿が見られる日だな」
「何を言ってるのよ……」
反射的に返す。
だが、いつものように強くは出られない。
それもまた、珍しいことだった。
やがてギルド長は、冗談を切り上げるように言った。
「心配するな」
その一言で、部屋の空気が少し変わった。
「すでにギルドのほうから、国に打診してあってな」
そのタイミングで、記録係の職員が一枚の書類をユウナの前へ差し出した。
「今朝、ちょうどそれが届きました」
ユウナが書類を手に取る。
そこに書かれた文字を見た瞬間、その目が大きく見開かれた。
――伝説級ゴブリンの討伐による特別功績報酬。
「…………っ!?」
完全に予想外だった。
まさか、国が個人の戦闘にここまで即応するとは思っていなかった。
ユウナは書類から目を離せないまま、かろうじて声を出した。
「ふぅん、随分と……いえ、早すぎない?」
ヴァルクレアと王都の間は、普通に歩けば十日はかかる距離だ。
ギルド長は事も無げに答える。
「魔法具による通信と、特別魔道バイク便を使って、超速でまとめたからな」
さらっと言っているが、どう考えても相当な無茶をしたのではないかと、ユウナは思った。
そして。
ギルド長の前で露骨にがっつくのもどうかと思い、ユウナはできるだけ落ち着いた顔を作って、報酬欄へ目を落とす。
そこに記されていた金額は――黒字、などという生易しいものではなかった。
一万儲かった。
二万稼げた。
そんな次元ではない。
報酬額――100万ガメル。
ユウナとルシエラは、二人して一瞬息を止めた。
「さすが、国が動くとなると違う……というところかしら」
「ありがたいことね」
平静を装って、呟くように言う。
だが、その声はわずかに震えていた。
ギルド長がにやりと笑う。
「な……その顔は何かしら?」
ユウナは反射的に返すが、その耳はうっすら赤い。
内心では、完全に叫んでいた。
バレてる!
絶対にバレてる!
ルシエラも隣で静かに座っていたが、心の中ではそっとツッコミを入れていた。
丸わかりですよ、と。
そんな二人を、ギルド長は目を細めながら見ていた。
だが、やがてその表情からからかいの色を薄め、穏やかな声で言う。
「お前たちは、それだけのことをやってのけたんだ」
実感のこもった言葉だった。
「遠慮せず受け取れ」
そう言って、ギルド長はソファから立ち上がり、そのまま執務机へ向かう。
「もう口座に振り込まれているはずだ。確認しておけ」
その背中へ、ユウナが慌てて声をかけた。
「あ、ギルド長……その……」
少し言い淀む。
しかし、最後にはきちんと言葉にした。
「感謝するわ……ありがと……」
最後のほうは、聞き取れないほど小さな声だった。
ギルド長が肩越しに振り向いて言う。
「本当に今日は珍しいものが見られる日だな。槍でも降るか?」
「……っ! 安心して。もう二度と言わないから!」
ユウナはそう言うと、赤くなったまま、逃げるように足早に部屋を出ていった。




