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告白の行方①

 夕食後。


「今回の収支計算のコーナー!」

 ユウナがそろばんを片手に高らかに宣言した。


 その声には妙な明るさがあったが、よく聞けばすでにどこか投げやりな響きが混じっている。

 向かいの席では、ルシエラが静かに姿勢を正していた。


 どうやら何か始まるらしい。


 ユウナはぱちぱちと珠を弾きながら、手元の紙に書かれた数字を読み上げていく。


「まず開幕バフ。これは前回の変異種戦と同様――152,800ガメル」


 いきなり大金だった。

 ルシエラが目を細める。


「最初から重いですね……」


 ユウナは、どこか疲れた顔で頷いた。

「重いわよ。まだ準備段階なのにこの金額から始まるの、何とかしてほしいんだけど……」


 さらにそろばんを弾く。

「次。〈気になる案山子〉10個――77,700ガメル」


「……高いですね」


「高いのよ」

 ユウナは真顔で言った。


「便利だからね」

 そこには何の救いもなかった。


「開幕の【イニシアチブブーストSS】が2万。戦闘中の【ヒールスプレーSS】が四回で――4万×4で16万」


 ルシエラが息を飲んで呟いた。

「【ヒールスプレー】が凶悪ですね……」


「凶悪よ」

 ユウナは即答した。


「本来は回復魔法が追いつかない時の緊急避難みたいな賦術なの。これを主回復で回してるやつの頭は、まあイカれてるわね」


「………」

 ルシエラは何も言わなかった。


 目の前に、その“イカれてるやつ”がいるからである。


 ユウナは特に気にした様子もなく、さらに計算を続けた。

「それから【パラライズミストSS】が6回。2万×6で――12万」


「これもすごい……」


「でも強力よ」

 珠を弾きながら、ユウナの顔が少しだけ真面目になる。


「パラミスはSSカードなら、新人の攻撃でもゴブリンロードに当てられるくらいには、レベル差を埋めてくれるわ。

 普通に集中して行使して、抵抗を抜けば三分持続するんだけど、補助で使うと確実に抵抗されて十秒しか持たないのよ」


 そう言って、少し肩をすくめる。


「まあ、私のアルケミスト技能レベルじゃ、レジェンダリーゴブリンの抵抗なんてとても抜けないし、それだけに集中すると他に何もできなくなるからこの使い方しかないんだけどね」


 ユウナは、さらに項目を読み上げていく。

「あとは【ブリンク】と【リカバリィ】の消費を賄った魔晶石で、22,000」


 ルシエラが目を瞬かせた。

「これだけでも、普通なら十分すごい出費ですよね?」


「MPが生命線の戦いだったからね」

 ユウナは苦い顔で頷いた。


「背に腹は代えられない、ってやつよ。10点魔晶石をガンガン使い潰してたわ」


 さらに球を弾く。


「ルシエラの錬技用3点魔晶石が12個で3,600」


「移動に使った【フライト】用の魔晶石が3,000」


「死にかけた私が飲んだポーションが1,000」


 そこで、そろばんを弾く手が止まった。


 沈黙。


 やがてユウナは、ゆっくりと顔を上げる。


「合計して――56,0300ガメル」


 静寂。


 ルシエラも何も言わない。


 ユウナはさらに小さな声で続けた。

「収入は――500ガメル」


「………………」


「………………」


 二人はしばらく何も言わなかった。


 やがてユウナは、そっとそろばんを置いた。

「……泣いていいかな?」


 ルシエラは少しだけ考えてから、静かに答えた。

「まあ、泣くのはタダですからね」


 ユウナは泣いた。


―――


 そんなことをしているうちに、夜はすっかり更けていた。


 窓の外では、街の灯りがぽつぽつと瞬き、階下の酒場からは賑やかな声がかすかに聞こえてくる。


 だが、部屋の中は静かだった。

 机の上には、さっきまで使っていたそろばんと紙束が置かれたままになっている。


 56万ガメルの赤字という現実をこれでもかと突きつけてきたそれらは、今は役目を終えたかのように放置されていた。


 ユウナはベッドに腰掛け、背もたれに身体を預けている。


 神殿で治療を受けたとはいえ、まだ完全に回復したわけではなかった。

 歩くにはルシエラの肩が欲しいし、長く立っているだけでも息が上がる。


 そんなユウナの傍らで、ルシエラは椅子に座っていた。

 そして静かに――まっすぐに、ユウナを見ている。


「それで、ユウナ」

 静かで、それでいて真剣な声だった。


「一つ、誤魔化していませんか?」


 ユウナの肩が、ぴくりと動いた。


「……何かな?」

 できるだけ平静を装って答える。


 だが、その視線はわずかに泳いでいた。


 ルシエラはそれを見逃さなかった。


 じっと見つめる。

 逃がさないように。


「私の告白の返事です」

 ゆっくりと、しかしはっきりと言う。


「レジェンダリーゴブリンを倒したらするって」


 少し間を置く。


「言いましたよね?」


 部屋の空気が静かに止まった。


 ユウナの視線が、天井へ逃げる。


「あー……」

 小さく声を漏らす。


 もちろん、忘れていたわけではない。


 ただ、色々ありすぎた。


「……その」


 咳払いをひとつ。


「タイミングがね?」


 ルシエラは一歩も引かなかった。

「ゴブリンは倒しましたし、街にも戻りました。ギルドに報告もして、神殿で治療も受けました」

 淡々と数え上げる。

「ついでに収支計算も終わっています」


 そして静かに結論を告げる。

「タイミングは十分では?」


 ユウナは黙った。


 しばらく沈黙が続く。


 ルシエラは、ただ待っている。


 逃げ場はない。


 やがてユウナは、小さく息を吐いた。

「そうね……有耶無耶で済むことじゃないものね」


 苦笑して話を始める。


「あの時、『ユウナが死んだら私も死ぬ』って言われて」

 視線をさまよわせる。

「その直後に『好きです』って言われて、正直、頭が追いつかなかった」


 ルシエラは小さく頷いた。

 それは理解できる。

 自分でも、あそこまで一気に言うつもりはなかった。


 しかし、あれを愛の告白だと言われてしまったら、もう黙ってはいられなかった。


 死をも覚悟していたユウナに、少しでも生きるほうを向いてほしかったから。


 ユウナはさらに続ける。


「それに」


 少し視線を落とす。


「私、ずっと一人でやってきたから、誰かとそういう関係になるって考えたこと、なかったのよ」


 ルシエラは黙って聞いている。


「何より、女同士だしね」


 そう言って少し可笑しそうに息をつく。


 しかし、すぐにその笑みは薄れた。


「でも」


 ユウナはルシエラを見る。


「あの戦場で、ルシエラが叫んでるのを聞いて、私が死にかけた時、泣いてるのを見て」


 少しの間。


「ああ、この子は本気なんだなって思った」


 ルシエラの手に、わずかに力が入る。


 ユウナは続けた。

「それで、私も考えたのよ――真剣にね」


 ルシエラの胸が小さく高鳴る。


 ユウナはゆっくりと言葉を重ねた。

「もし私が『いいよ』って言ったら、あなたは、ずっと私の隣にいるでしょ?」


「はい」

 返事には一切の迷いがない。


 ユウナは思わず笑う。

「即答ね」


 ルシエラは真剣な顔のまま答える。

「当然です」


 その言葉に、ユウナは少しだけ目を細めた。


 それから、小さく息を吐く。

「……じゃあ聞くけど」


 ルシエラを見る。


「もし私がまた無茶して」


「今回みたいに死にかけて」


「赤字を56万作って」


「おかゆ生活をすることになって」


 軽く肩をすくめる。


「それでも、隣にいる?」


 ルシエラは、当たり前のように答えた。


「はい」


 そして真面目な顔のまま続ける。


「たとえ何があっても、

 借金で路上生活者になっても、私はユウナの隣にいます」


 ユウナが吹き出した。

「もう路上生活は勘弁してもらいたいわね」


 しばらくユウナは笑っていた。

 その笑いが静まってから、少し低い声で言う。


「私が断ったら?」


 その言葉に、ルシエラの肩がわずかに震えた。


 しかし答えは揺らがなかった。


「……これまでと同じです」


 静かな声だった。


「この想いには蓋をして、ユウナの“相棒”として隣にいます」


 ユウナが、じっと見つめる。

「それができるの?」


「……できます」

 ルシエラは少しだけ目を伏せた。


 それでも声ははっきりしていた。

「ユウナの隣からいなくなること以外なら、私は何でもします」


 魔域から救い出されたあの日から、約束を交わしたあの時から、ルシエラにとって自分の居場所は、ユウナの隣にしかなかった。


 ユウナはそれをしばらく黙って見つめていた。


 そして。


「そう……なら、言えるわね」


 静かに目を閉じる。


「……じゃあ、私の返事よ」


 こくり、と。


 ルシエラの喉が、わずかに鳴った。

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