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レジェンダリーゴブリン⑥

 光の槍が王の身体を完全に貫いた。


 胸を穿ち、背中から眩い光が突き抜ける。


 そのまま後方の岩壁まで貫通して、ようやく消えた。


 レジェンダリーゴブリンの身体が止まる。


 棍棒を振り上げたまま、固まった。


 口が開く。

 だが、声は出ない。


 代わりに、黒い血があふれた。


 胸に開いた大穴を、空気がひゅう、と通り抜ける。


「……?」


 その顔には、まず困惑が浮かんだ。


 理解が追いつかない。


 何が起きたのか。

 なぜ自分が止まっているのか。

 なぜ目の前の獲物が、まだ牙を持っていたのか。


 そして次の瞬間。


「……!?」


 自分が、致命傷を受けたのだと悟る。


「……ッ!!」


 信じられない、という表情だった。


 王として君臨し、すべてを踏みにじり、最後の勝利を疑わなかった存在。

 その顔に初めて浮かんだ、純粋な動揺だった。


 やがて。


 ゆっくりと。


 棍棒が力を失った手から滑り落ちる。


 ガロン……!


 重い音。


 そして次の瞬間。


 ドォォォン……!


 巨体が地に倒れ伏し、重い衝撃が大地を震わせた。


 ゴブリンの王。

 レジェンダリーゴブリン。


 その身体はもう動かなかった。


 静寂が落ちる。

 ついさっきまで喧騒に満ちていた巣の中心に、不自然なほどの沈黙が広がった。


 それを見届けた瞬間、ユウナの身体から力が抜けた。


 限界だった。


 張り詰めていた意識が遠のいていく。


 視界が、徐々に暗くなっていく。


 音が遠のく。

 血の匂いも、風の冷たさも、すべてが薄れていく。


 その中で、最後に見えたもの。


 近い、遠い…分からない……

 でも、ゴブリンの群れの中で。

 必死にこちらへ這い寄ろうとするルシエラの姿だった。


 ユウナの唇が、わずかに動く。


 声にはならない。


 けれど、その唇は確かに――

 笑みの形を作っていた。


 ―――


 ルシエラに纏わりついていたゴブリンの視界の端に、倒れゆく王の姿が映った。


「ギ……?」


 その声に反応して、もう一匹のゴブリンが王の死体を見る。


 次に、もう一匹。

 さらに数匹。


「ギャ?」

「ギ……ギィ……?」


 理解できない。


 自分たちの王。

 絶対の存在。

 誰よりも強く、誰よりも恐ろしく、誰よりも残酷だった支配者。


 その存在が倒れている。


「ギ……ギギ……」


 ざわめきが広がる。

 群れの奥まで、波のように伝わっていく。

 ゴブリンたちは互いの顔を見合わせた。


 そして次の瞬間、統率が崩壊した。


「ギィィィッ!?」


 一匹が後退る。


 すると隣のゴブリンも後退る。

 さらに後ろのゴブリンも。


 恐怖が伝染していく。


 群れ全体がざわめく。


「ギャアアア!!」


 誰かが叫んだ。

 その声をきっかけに、混乱は一気に爆発する。


 あるゴブリンは逃げ出そうとし。

 あるゴブリンは怒りに任せて武器を振り回し。

 あるゴブリンは王の死体の周囲をうろつき。

 あるゴブリンはただ震えていた。


 統率は完全に消えた。

 本来なら群れを統率するはずの上位個体、ゴブリンロード。


 だが、ここのロードたちは王の支配のもとで群れを形作っていただけだった。


 その中心が消えた今、

 彼らはただの烏合の衆と化し、群れは内側から崩れ始める。


 互いに押し合い。

 ぶつかり。

 怒鳴り合い。

 殴り合い。

 逃げようとする者を押し倒し、倒れた者を踏みつける。


 完全な混乱だった。


 戦場が、ただの暴徒の集団へと変わっていく。


 その中心。


 ゴブリンたちに押さえつけられていたルシエラの身体が、ぴくりと動いた。


「……」


 目が動く。

 焦点が合う。


 そして、見た。


 台座の上。

 レジェンダリーゴブリンの死体。


 胸を貫かれ、完全に動かない王。


 その光景を見た瞬間、ルシエラの瞳にわずかな光が戻る。


「……ユウナ……?」


 震える声だった。


 騒ぎに気づきもせず、鼻息を荒くしてルシエラの身体にまとわりついているゴブリンがいる。


 ルシエラはその首を掴んだ。


 腕に、徐々に力が入っていく。


 ギリッ。


「ギ……?」


 戸惑いの声。


 次の瞬間。


 完全に力を取り戻したルシエラの腕が、ゴブリンの首を握りつぶすかのようにへし折った。


 バギィッ!!


 骨が砕ける音。


 ゴブリンは一度だけ痙攣し、そのまま動かなくなった。


 ルシエラはゆっくりと立ち上がる。


 鎧が半ば剥がされていた。

 髪は乱れ、全身に血が付いている。


 しかし、その目は完全に覚醒していた。


「ユウナは……」


 視界の先。

 仰向けに倒れ、目を閉じているユウナ。


 ルシエラの胸が大きく上下する。


 理解するまで、数秒かかった。


 唇が震える。


「……勝った……?」


 信じられないような声だった。


 だが、すぐに現実だと理解する。


 王は死んだ。

 群れは崩壊している。


 そして――


 ユウナは、まだ倒れている。


 その瞬間。

 ルシエラの目が大きく見開かれた。


「ユウナ!!」


 大剣を握る。


 周囲のゴブリンたちが、せっかく捕えた獲物を再び我が物にしようと襲いかかる。


 だが――


 もう止められない。

 ルシエラは嵐のように動いた。


「邪魔ァァァッ!!」


 大剣が振るわれる。


 五体のゴブリンが同時に両断される。

 血が噴き出す。


 さらに一体。

 さらに二体。


 王を失ったゴブリンたちに、もはやルシエラを止める連携も、勇気もなかった。


 ただ蹴散らされ、逃げ惑った。


 逃げるゴブリンには見向きもしない。


 死体を踏み越え。

 血を浴びながら。


 ルシエラは一直線に走る。


「ユウナ!!」


 そして、ようやくユウナのもとへ辿り着いた。


 血に濡れた身体。

 その呼吸は浅い。

 だが、かすかに胸は上下している。


 ルシエラの膝が崩れた。


 ドサッと、その場に座り込む。


 震える手で、ユウナの身体を抱き上げる。


「ユウナ……」


 声が震える。


 涙が頬を伝う。


「ユウナ……」


 ただ、その名を呼ぶ。


 周囲では、王を失ったゴブリンの群れが、まだ混乱の中で互いに押し合い、逃げ惑っていた。

 もうそれは脅威ではない。


 ただの敗残兵の群れだった。

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