レジェンダリーゴブリン①
「――【フライト】」
一通りのバフをかけ終えた最後に、ユウナが飛行魔法を発動する。
ふわり、と。
二人の身体が再び宙へ浮いた。
だが今度は移動のためではない。
襲撃のための飛翔だった。
ユウナは巣の中央、台座の上を見据えたまま低く言う。
「作戦通りいくわよ……」
その声に迷いはなかった。
「――GO!!」
次の瞬間。
爆発的な加速。
空気が弾ける。
風圧が木々を鳴らし、二人の身体が一直線にゴブリンの巣の上空を突き抜けた。
一体のゴブリンが異変に気づく。
「ギッ――?」
だが、その声が最後まで形になる前に、二つの影が台座に向かって落下する。
ほんの数秒。
それだけの時間で、二人は巣の中央――
レジェンダリーゴブリンの玉座に到達していた。
ドンッ!!
勢いを殺しきらないまま着地。
激しい衝撃とともに砂煙が舞い上がる。
巣全体が、一瞬だけ静止した。
その硬直を、ユウナは逃さない。
「【イニシアチブブーストSS】起動!」
賦術が弾ける。
時間の主導権を強引に奪い取る。
同時に、剣へ魔力を叩き込む。
「《魔力撃》――《全力攻撃Ⅱ》!!」
振り下ろされた一撃が、ドレイクバロンに直撃した。
常人ならば跡形もなく吹き飛んでいる。
男爵級ドレイクの硬い鱗と強靭な肉体ですら、その破壊力を受け切れない。
低く、唸るような悲鳴とともに巨体が大きく揺れ、鮮血が飛び散った。
だが、ユウナは止まらない。
「《ファストアクション》! もう一発!」
初手限定の加速。
その恩恵を使い切るように、もう一撃を叩き込む。
二発目。
刃がさらに深く食い込み、ドレイクバロンは虫の息にまで追い込まれた。
常識外れの強さを誇る男爵級ドレイクが、たった一呼吸の間に戦闘不能寸前へ追い込まれる。
一連の行動を終えたユウナが叫ぶ。
「ルシエラ! 全力で薙ぎ払え!」
ルシエラはすでに踏み込んでいた。
視線は戦場を正確に捉えている。
ドレイクバロン。
その背にいるレジェンダリーゴブリン。
そして、すぐ脇で酒を注いでいたリャナンシー。
一撃で、三体を巻き込める。
「了解――《全力攻撃Ⅱ》! 《薙ぎ払いⅡ》!」
重心を落とし、大剣を握り込む。
「第一目標、ドレイクバロン――」
さらに踏み込む。
「リャナンシー、およびレジェンダリーゴブリンを同時攻撃可能――」
そして。
「はああああっ!!」
大剣が、唸りを上げて振り抜かれた。
ルシエラの大剣が、空間を裂いた瞬間――
轟音とともに、斬撃が蛮族どもの間を横断した。
空気が割れる。
砂煙が弾ける。
血飛沫が舞う。
まず、ドレイクバロン。
その首が半ばから断たれ、巨体が大きく傾いだ。
竜の断末魔が空気を震わせ、そのまま力を失って地に伏した。
続いて、隣に控えていたリャナンシー。
妖魔の美しい胴を、斬撃が深々と裂く。
「ァ……ッ」
声にならない悲鳴。
そのまま膝をつき、崩れ落ちた。
それはほんの一瞬こと、完璧な奇襲だった。
巣の中心戦力であるドレイクバロン、それからリャナンシー。
その二体が、わずか数秒で沈んだ。
――だが。
そこに、低い声が響いた。
「オソイ」
その言葉は蛮族語ではない、人族が使う交易共通語だった。
ユウナの瞳がわずかに揺れる。
王笏を雑に模した、太く、巨大な棍棒がルシエラの巨剣に触れる。
軽く。
本当に、軽く。
コン。
小さな衝突音。
それだけ。
ただそれだけなのに――
ルシエラの腕に、凄まじい衝撃が走った。
「っ!?」
大剣が弾かれる。
数歩を、半ば強引に後退させられる。
靴底が台座を滑り、土煙が舞い上がる。
ハイペリオン級の戦士。
その技量と筋力を持つルシエラが。
ただ軽く触れられただけで押し返された。
レジェンダリーゴブリンは、表情ひとつ変えなかった。
「キシュウは、ワルクナイ」
怒りはない。
焦りもない。
ただ、評価している。
「ダガ――」
スッと右手を振る。
その動作はあまりにも自然だった。
自然すぎて、ユウナの反応が一瞬遅れた。
次の瞬間。
ゴブリンの持つ棍棒が、ユウナの腹部へめり込んだ。
ドンッ。
鈍い音。
衝撃。
空気そのものが爆ぜたような感覚。
ユウナの身体が宙に浮く。
「ッ……!?」
声にならない。
体内の空気が、強制的にすべて口から吐き出される。
そのまま数メートル吹き飛んで、床に叩きつけられた。
台座の岩床が砕ける。
破片が飛び散り、倒れたユウナの身体のその上に降りかかる。
ルシエラの目が見開かれた。
「ユウナ!!」
レジェンダリーゴブリンは、埃を払うかのように棍棒を軽く振った。
そして――ゆっくりと嗤う。
ゴブリン特有の歪んだ笑み。
だがそこには明確な愉悦があった。
「コレダ」
周囲のゴブリンロードたちがざわめく。
王が楽しんでいる。
そう理解したざわめきだった。
レジェンダリーゴブリンは首を鳴らした。
ゴキッ、ゴキッと音を立てる。
そしてゆっくりと、二人を見た。
「ゼイジャクなニンゲンヲジュウリンスる……」
その目が、ぎらりと光る。
「オモシロイ」




