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異常事態

「……なに、これ」


 ユウナの声が、かすかに震えた。

 その震えた声が聞こえると共に、ルシエラも自分の血の気が引いていくのを感じていた。


 森の奥。

 木々の陰に身を潜め、十分な距離を取ったまま開始した偵察。


 本来なら、そこで確認されるはずだったのは、せいぜいが数十匹規模のゴブリンの巣だった。


 だが――

 視界の先に広がっていたのは、そんな想定を根底から叩き壊す光景だった。


 ゴブリンの巣。


 そう呼ぶには、あまりにも異様だった。


 まずは数。


 ざっと見積もっても百以上。

 すでにその時点で異常事態と言っていい。


 だが、数だけならまだいい。

 ユウナとルシエラにとって、ゴブリンなどは百体いようが二百体いようが、それ自体は脅威ではない。


 問題は、その中身だった。


 ルシエラは息を呑んだ。


 群れの大半がゴブリンロード……


 ただのゴブリンではない。

 ホブゴブリンですらない。


 ゴブリン種の最上位に位置する個体が、群れのほとんどを占めている。


 ありえない。


 本来なら、一つの群れに一体いるだけでも厄介な統率個体。

 それが、見渡す限りあちこちにいる。


 群れとしての格が、根本からおかしかった。


 もちろんロードとは言え、そのモンスターレベルは6。

 ユウナとルシエラの敵ではない。


 敵ではないが、そのあり得ない群れの構成比率の異常性は無視してよいものではない。


 そしてその異常性の原因は、探すまでもなく、その奥にあった。


 巣の中央。


 高く築かれた、しっかりとした台座。

 粗末な木組みではない。

 周囲のゴブリンたちが雑に積み上げたものとは明らかに違う。


 巨大な岩を削り出して、辺りに装飾が施されている

 そこだけが明らかに“支配者の席”として作られていた。


 そして、その上にいたのは――


 ドレイク。


 蛮族の支配者階級。

 普段は人型でありながら、戦闘時には竜の姿を取り、圧倒的な力を見せつける。


 しかも、ただのドレイクではない。

 男爵級、ドレイクバロンである。


 モンスターレベルは10。

 本来なら、それ単体で村ひとつどころか、都市近郊ですら大問題になる存在だ。


 だが、そのドレイクは首輪をつけられていた。

 鞍まで置かれ、まるで従順な騎獣のように台座の上で伏せている。


 その背に――


 一体のゴブリンが悠然と跨っていた。


 その姿を直視したルシエラの喉が、ひゅっと鳴る。


 さらにその横では、

 リャナンシーがゴブリンの持つ器に酒を注いでいた。


 妖艶な女性の姿をした高位の蛮族で、そのモンスターレベルは11。

 それすらも従えている。


 いや、“従えている”という表現ですら足りない。


 あれは、支配している。


 遠くから見ているだけなのに、空気が重い。

 肌が粟立つ。

 喉の奥が乾いて張り付く。


 ただそこにいるだけで、周囲のすべてを従わせるような圧力。


 ユウナは震える手で、〈魔物見の眼鏡〉を装着した。


 ユウナがそれほどまでに動揺している姿を、ルシエラは初めて見た。


 視界の先。

 ドレイクバロンに騎乗した、そのゴブリンに焦点を合わせる。


 魔法具が反応し、文字が浮かび上がる。


 その蛮族の名は[レジェンダリーゴブリン]


 ユウナの唇が、わずかに動く。


「……嘘、でしょう」


 表示されたモンスターレベルは――


 20。

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