ハイペリオンの依頼の引き受け方②
「張り紙を見て仕事を探すなんて、どれだけぶりかしら」
冒険者ギルドの掲示板の前で、ユウナはぽつりと呟いた。
壁一面に貼られた依頼票を順に見ていく。
紙の端を指先で押さえ、発行日、依頼内容、報酬を流れるように確認していくその姿は、妙に板についていた。
――いや、本来なら板についていて当然なのだ。
冒険者が依頼票を見る。
それ自体は、何もおかしくない。
だが。
受付嬢も、近くにいた冒険者たちも、ちらちらと驚いたような視線を向けていた。
ハイペリオン級冒険者ユウナ。
普段はギルド長直々の案件か、あるいは街そのものを揺るがすような大事にしか動かない存在。
そんな彼女が、他の冒険者たちに混じって掲示板を眺めている。
その光景は異様と言えた。
ユウナはそんな視線をまるで気にせず、一枚の依頼票を指先で軽く弾いた。
「このゴブリン退治、もう一か月も前に出されてる依頼なのに、まだ片付いてないのね」
ルシエラも横からその依頼票を覗き込む。
街から五日ほど離れた辺鄙な村。
その近辺でゴブリンの小集団が目撃され、村から討伐の請願が出されていた。
報酬――500ガメル。
この前食べた巨大パフェより、安い。
ルシエラはわずかに眉を寄せた。
「一か月も経っていると、ゴブリンの数も増えているかもしれませんね」
それは十分にありえる話だった。
ゴブリンは群れる。
はぐれ個体が合流し、近隣の小集団を吸収し、さらに繁殖も早い。
時間が経てば数が増え、群れが大きくなり、その中からホブゴブリンや、場合によってはゴブリンロードのような上位個体が出てきてもおかしくない。
放置された“ただのゴブリン退治”が、案外洒落にならない被害へと膨れ上がることは珍しくなかった。
ユウナは依頼票を見たまま、冗談めかした口調で言った。
「この街にはゴブリンスレイヤーはいないからね」
ルシエラが首を傾げた。
「何です、それ?」
「知らないの?」
ユウナは少しだけ意外そうな顔をした。
「ゴブリン討伐だけを引き受ける上級冒険者よ。どこだったか覚えてないけど、毎日休まず延々とゴブリンを狩り続けてるらしいわ」
さらりと、とんでもないことを言う。
ルシエラは一瞬だけ黙った。
「……そんな人が本当にいるんですか?」
「さあ?」
ユウナは素っ気なく答えた。
「でも、噂になるからにはいるんじゃないかしら」
そう言ってから、依頼票を元の位置へ戻す。
視線はすでに次の紙へ移っている。
だが、ルシエラには分かっていた。
ユウナは軽口を叩いている。
いつものように、どこか気だるげで、どこか面倒そうに。
それでも、その声の奥には、わずかに真剣な響きが混じっていた。
一か月。
その時間の重さをユウナはきちんと分かっている。
辺鄙な村ならなおさらだ。
五日も街から離れていれば、助けを求めること自体が一苦労になる。
しかも報酬は500ガメル。
この街の上位冒険者にとっては……いや、下位の冒険者にしても、わざわざ往復するだけでも割に合わない金額だ。
だからこそ、残った。
そして、残った結果――
依頼を出した側にとっては、死活問題へ変わっている可能性も低くはない。
「まあ、ウォーミングアップにもならないでしょうけど」
ユウナは掲示板から目を離し、ルシエラのほうを見る。
「物見遊山と思えばいいわね」
軽い口調だった。
しかしルシエラだけは、その奥にあるものを聞き取っていた。
ただの暇潰しではない。
ただの気まぐれでもない。
行かなければならないと、そう判断している声だった。
ルシエラは小さく頷く。
「そうですね」
そして、微かに口元を緩める。
「物見遊山にしては、少し遠いですけど」
ユウナもわずかに笑った。
「五日くらいなら近いほうよ」
全ての依頼を一通りチェックした後、ユウナは依頼票を一枚、壁から剥がし取る。
それはもちろん、先のゴブリン退治の依頼だった。
その瞬間、周囲の空気がわずかにざわめいた。
受付嬢が息を呑み、近くの冒険者たちが目を丸くする。
ハイペリオン級が本当に掲示板の依頼を取った。
そんな驚きが無言のまま広がっていく。
ユウナはまるで気にせず、依頼票をひらりと振った。
「これにする。行くわよ、ルシエラ」
「はい」
二人はそのまま受付に向かって歩き出す。
背後では、冒険者たちのざわめきが少しずつ大きくなっていた。
「……おい、今の見たか?」
「見たも何も、ハイペリオンがゴブリン退治の依頼取ったぞ……?」
「村の依頼人、腰抜かすんじゃないか……」
そんな声を背に受けながらも、ユウナの歩調は変わらない。
その横を歩くルシエラもまた、迷いなく並ぶ。
往復で十日を要する、小物退治の依頼。
巨大パフェより安い報酬。
それでも、その先に助けを待つ村があるのなら。
放置すれば、取り返しのつかないことになるかもしれないのなら。
ハイペリオン級が動く理由としては、十分だった。




