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ハイペリオンの依頼の引き受け方①

「……14レベルになったのはいいけど」


 宿の三階フロア。

 広い居間の中央に置かれたソファの上で、ユウナは完全に横へ伸びていた。


 片腕を背もたれへ投げ出し、脚はだらしなく肘掛けへ乗せられている。

 外套は脱ぎっぱなし。髪も少し乱れ、全身から隙だらけの空気を漂わせていた。


「私たち向けの依頼やら事件やらが、そうそう起こるわけじゃないのよねぇ……」


 ぐでん。


 まさにそんな擬音が似合うほど、力が抜けきっている。

 戦場では刺すような気を放ち、鋭い剣を振るい、強大な魔法を操る人物とはとても思えなかった。


 ハイペリオン級冒険者。

 街では並ぶ者のない英雄として見られ、魔物も蛮族も震え上がる存在。


 ――その正体がこれである。


 ルシエラはその様子を見ながら、小さくため息をついた。

 だがその視線は、どこか柔らかい。


 テーブルの上に置かれたカレンダーへ目をやり、指先で日付をなぞる。


「前の変異種討伐から……十日、ですか」

 少しだけ、嬉しそうな声だった。


 静かな日々。

 平和な時間。


 ユウナは、その機微を聞き逃さなかった。

「何、ルシエラ?」


 横になったまま、顔だけルシエラのへ向ける。

 じとり、と絡むような目。


「ちょっと嬉しそうじゃない?」

 さらに目を細める。

「楽な生活が続いていいな、とか思ってる?」


 ルシエラは首を横に振った。

「そういうわけでは……」


 言いかけて、僅かに上を見上げて言葉を探す。

 それから静かにユウナへ視線を戻した。


 ソファでだらけきっている姿。

 手を伸ばせば届く距離。

 喉元に刃を当てることさえ、今なら容易いと思えるほどに完全に無防備だ。

 もし本気でその気になれば、きっとルシエラは今のユウナを簡単に殺すこともできる。


 それほどまでに、隙だらけだった。


 しかし――


 ルシエラの胸に浮かんだのは、もちろん殺意でも優越感でもない。


 ただ一つ。


「……安心してるんです」

 小さく、しかしはっきりと言った。


 ユウナが片眉を上げる。


「安心?」


「外では」


 ルシエラはゆっくりと続けた。

「ユウナ、隙がないでしょう」


 訓練場でも。

 街でも。

 ギルドでも。


 常に鋭い視線。

 計算された動き。

 死角のない警戒。

 何があっても即応できるように気を割いている。


 だが今は違う。

 ソファに溶けている。


「……私の前でだけ」

 少し照れくさそうに、けれど確かめるように言う。


「こういう姿になるのが嬉しくて」

 わずかに笑う。


 その言葉を聞いたユウナは、数秒だけ黙った。


 それから、ふっと視線を逸らす。

「……ふーん」


 興味なさそうな声。

 と言いながらもその耳は、ほんの少しだけ赤い。


「まあ」

 体勢をわずかに変えながら、そっけなく続ける。


「あなたは信用してるからね」

 軽く言ったようでいて、実感がこもっていた。


 昔のユウナなら、こんな姿を誰かに見せることなど、決してなかっただろう。


 ルシエラも、その意味はよく分かっていた。


 だから何も言わない。

 ただ、静かに頷くだけだった。


 少しの沈黙。


 窓の外から、街のざわめきが聞こえてくる。

 平和な日常の音だった。


 ユウナは再び天井を見上げ、ぽつりと呟く。

「とは言え、訓練だけじゃ鈍りそうなのよね……」


 腕を伸ばして、大きくひとつ伸びをする。

「ギルドで少し滞ってる魔物討伐とかがあるなら引き受けてましょうか」


 その言葉の意味は小さくない。


 ハイペリオン級冒険者に依頼を出すとなれば、普通は莫大な報酬が必要になる。

 街の財政でも、ギルドの予算でも、そう簡単に動かせる存在ではない。


 だが――本人たちが「やる」と言えば話は別だった。


 依頼票どおりの報酬で、ハイペリオン級が動く。

 それはギルドにとって、破格どころの話ではない。


 ルシエラは少し考えてから言った。

「ギルド長が喜びそうですね」


「でしょうね」


 ユウナは肩をすくめる。


「変異種討伐の前にギルド長が言っていた感じだと、最近は小さい依頼ばっかり溜まってるはずよ」


「ハイペリオン級を呼ぶほどじゃないけど、放置するのも面倒なやつ」


 そういう依頼は確かにある。

 数も多い。


 そして大抵、腕のいい冒険者ほど手を出したがらない。

 手間のわりに報酬が安いからだ。


 ユウナは背もたれへ頭を預ける。

「滞ってる依頼なら、上位等級からの“依頼荒らし”にもならないだろうし」


 フッと笑う。


「たまには街の掃除でもしましょうか」


 ルシエラもつられるように微笑んだ。

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