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19/82

スイーツバトル

「さあ、今日のメインイベントよ!」


 商業区。石畳の通りの一角で、甘い香りを漂わせる可愛らしいカフェの前に差しかかったところで、ユウナはまるで決戦場へ到着したかのように、ぴたりと足を止めた。


 店の壁には、通行人の目を引くための派手なポップがこれでもかと貼られており、その中心には丸く大きな文字で、挑戦者を待ち受ける甘味の名が掲げられている。


 <デラックスフルーツパフェ(200ガメル) 全部食べ切れたらタダ!>


「えっと……」

 ルシエラが戸惑いがちに声を上げる。

「昼食、ですか?」


 ユウナは力強く頷いた。

「ええ、昼食よ」


 当然だと言わんばかりの迷いのない返答に、ルシエラはもう一度、店の壁に貼られたポップへ視線を戻した。


 色とりどりの果実。

 雲のように積み上げられた生クリーム。

 きらめくシロップが流れ落ちる絵。


 そして、その華やかな宣伝の端に、控えめでありながら妙に不穏な一文が添えられていた。


 <但しユウナ嬢には特別メニュー(800ガメル)>


 ルシエラは、それを二度見した。


「(特別……?)」


 心の中で呟きながら横を見ると、ユウナはいつも通りの涼しい顔を装っていたが、その瞳の奥には、妙に不敵な光が宿っている。


 それは、戦闘前に見せるものとよく似た目だった。

「(この人、絶対本気だ……)」


 一つ小さな息をつき、

「……どれだけ食べ荒らしてきたんですか?」

 と、小声で問う。


 ユウナは、何ひとつ後ろめたいことなどないと言わんばかりに、さらりと返した。

「正々堂々たる勝負の結果よ」


 それから、当然のように言い放つ。

「さあ、あなたも挑戦するのよ!」


「え…?えぇええええ!?」


 抗議の言葉を整える暇すら与えられず、ルシエラはユウナに手を引かれ、半ば連行されるように店内へ足を踏み入れることになった。


 カラン、と軽快なベルの音が鳴る。


 その音が終わるより早く、ユウナはカウンターへ向かって堂々と宣言した。

「デラックスフルーツパフェ、私とこの子が挑戦するわ!」


 その瞬間、店内にいた客たちの視線が一斉に二人へ集まり、同時にカウンターの奥にいた店主が、待っていたとばかりに目を見開いた。


「来たな、ユウナ嬢! 今日こそうちが勝つ!」


 拳を握りしめる。

 だがルシエラに気づくと、にこりと営業用の笑顔を向けた。


「そっちのお嬢さんは初めましてですね。ユウナ嬢にはいつも贔屓にしてもらって……」


 一拍。


 次の瞬間、なぜか感情が爆発する。


「……ユウナ嬢……ぅお、お……」


 徐々に声量が上がる。


「ユウナじょおぉぉおおおおおお!!」


 雄叫びとともに厨房へダッシュ。

 店内の客が拍手を始めた。

 どうやら完全に常連の見世物らしい。


 しばらくして奥から運ばれてきた“もの”を見て、ルシエラは青ざめた。


「こ、これは……っ」


 巨大な器。

 もはや皿ではない。


 店の者が二人掛かりでなければ運べない、たらいのような大きさの器の中に、山のような果実と幾層にも重なったアイスが積み上げられ、生クリームは雪崩のように流れ落ち、その頂には仕上げとばかりに巨大な飴細工が突き刺さっている。


 一方、ルシエラの前に置かれたのは“通常”挑戦用の洗面器大のパフェだった。


 「(……通常とは?)」


 ごく当たり前の疑問が脳裏をよぎる。

 だがユウナ用は、その軽く三倍はある。


「さあユウナ嬢、勝負だ!」


 店主が腕を組む。


 ユウナは鼻で笑った。


「ふっ……ハイペリオン級は伊達じゃないところを見せてあげるわ!」


「(ハイペリオン関係ねーだろ)」


 ルシエラも含めた店内の客の心が一つになった。


――戦闘開始。


 ユウナはまず全体を観察する。

「構造把握。上層は軽い果実、中央にアイス集中、下層にコーンフレークとクリームの罠」


「罠!?」


「まずはアイス…溶けると色々台無し…!」

 真剣そのものだった。


 スプーンが高速で動く。

 更に一口が大きい。


「ちょ、ちょっと待ってください! そんな勢いでアイスなんて食べたら……!」


「鍛えてるから大丈夫!」

 鍛えてどうにかなるのかどうか、非常に怪しい理論だった。


 しかし、そのあまりの勢いにツッコミ疲れたルシエラは、ひとまず自分の前に置かれたパフェへ、恐る恐る挑むことにした。


 一口、二口と食べ進める。


 美味しい。


 果実は瑞々しく、クリームは軽やかで、アイスは濃厚でありながら口どけがよく、甘さの中にも飽きさせない工夫が随所にある。


 ……だが、量が多い。

 無限とも思えるその量を前にしているだけで満腹感が湧いてくる。


 ただその間もユウナは止まらない。


 店主の額に汗が滲む。

「まだ余裕だと……?」


「甘味の波状攻撃、望むところよ」


――中盤。


 巨大パフェの山が、いつの間にか半分以下になっていた。


 観客がざわつく。

「凄まじいペースだ……!」

「これは……行くのか……!?」


 対して、ルシエラはすでに苦戦し始めていた。

「む、無理……」


「諦めるには早いわ」

 ユウナは自分の巨大パフェを攻略しながら、片手間のようにルシエラの進行状況を見ている。


「アイスから攻めなさい。果実は後回し。甘さの重い層を最後に残すと負けるわ」

 なぜか戦術指導が入った。


――終盤。


 巨大器の底が見え始める。


 だが、ここでユウナの動きがピタリと止まった。


「……ここで来るのね、コーンフレーク地獄」


 乾燥層が、口内の水分を容赦なく奪う。


 まぎれもない強敵。


 店主が勝ち誇った笑みを浮かべる。

「今回こそ……!」


 ユウナは、静かに目を閉じた。


 一呼吸のあと。

「……スイーツとは、それすなわち自由!」

 誰にも分からない理屈とともに目を見開いた。


 そして怒涛の勢いでコーンフレーク層を削り始める。

 さらに、別口で注文してあった渋いお茶を効率よく口に含み、水分を補いながら甘さを中和していくその姿は、もはや甘味を楽しむ客というより、困難な戦場を切り抜ける冒険者そのものだった。


「ば……バカなっ!?」

 店主が悲鳴のような声を上げた。


 そして……フィニッシュ。


 最後の一匙をすくい――


 ぱくり。


 空。


 一瞬、店内が静まり返る。


 次の瞬間。


「うおおおおおおおお!!」


 拍手と歓声が爆発した。


 店主ががっくりと膝をつく。

「また……また負けた……!」


「当然よ」


 ユウナは涼しい顔で答える。


 ただし、頬はほんのり赤い。

 満腹と幸福の色だった。


 ルシエラの器はまだ半分ほど残っていた。


 呆然とユウナを見つめる。


「……本当に好きなんですね」


 ユウナは胸を張る。


「言ったでしょう?」


 そして、当然のように続ける。

「さあルシエラ。あなたも完食しなさい。戦いは最後まで諦めない」


「これ、戦いなんですか!?」


 店内に笑いが広がった。


 角を隠さず、堂々と巨大パフェを制圧するナイトメアのハイペリオン級冒険者。

 人々が向けるのは畏怖ではなく、歓声と親しみだった。


「次は……勝つ!!」

 店主の目が燃えていた。


「受けて立つわ!」

 ユウナの目も燃えていた。


 ハイペリオン級の戦いはまだ終わらないらしい。


―――


 ユウナの戦いが決着を迎えたあとも静かに食べ続けていたルシエラだったが、やがて静かにスプーンを置いた。


「……ごめんなさい、ここまでです」


 残りは3割程。

 甘さにも少しずつ慣れ、ユウナの戦術指導によって攻略法らしきものも掴みかけてはいた。


 それでもルシエラは首を横に振る。

「(無理をすればいける……でも)」


 視線を横へ向ける。


 そこにいたのは――


 誇らしげに椅子へ深く腰掛けるユウナだった。


 巨大パフェを制圧した英雄の風格。

 そして、その腹部は――ぽっこりと、はっきり分かるくらいに膨らんでいた。


「……完勝ね」

 満足げに言いながら、そっと腹部へ手を添える。


 ……いや、そっとではない。

 無意識に、自然に撫でている。


 ルシエラはその光景を見つめながら、静かに思った。

「(ああは……なりたくないかな)」


 もちろん、体型がどうこうという話ではない。


 その膨らみは一時的なもので、あれだけの量を食べれば誰だってそうなるだろうし、むしろ完食できること自体が異常なのだ。


 ただ、今この瞬間に限って言えば、目の前のユウナは、どう見ても戦場で最前線に立つ者の姿ではなかった。


「……ふぅ」

 ユウナがひとつ息を吐く。


「勝利の余韻は重いわね」


「物理的にですか?」


「……精神的によ」


 真顔だった。


 しかし、その動きは明らかに鈍い。

 剣を抜けば誰より速いはずの人が、今は椅子の背もたれに身体を預け、しばらく立ち上がる気配すらない。


 ルシエラは残ったパフェを見つめる。

「(少しでもお店に還元したほうがいい……)」


 それも本音だった。

 これだけ(主にユウナが)楽しませてもらって、全部タダというのは何となく落ち着かない。


 それに――

「(ここで無理をして、ああなるのは……)」


 再び視線がユウナの腹部へ向く。


 服の上から分かるほどに張っている。


「何を見ているのかしら?」


「……いえ」


「言ってみなさい」


 じと目。


 だが迫力はいつもより三割減だった。

 満腹デバフである。


 ルシエラは少しためらってから、正直に言った。


「……その、威厳が少しだけ丸くなっているなと」


 沈黙。


 店内が一瞬、しんと静まる。


 次の瞬間、笑いが弾けた。


 ユウナは咳払いをひとつして、堂々と宣言する。

「これは戦闘後の消耗回復の結果よ」


 胸を張る。


「死闘の後は、エネルギー補給が必要なの」


「変異種との戦闘からは、もう随分時間が経っていますけど」


「余波よ」


 理屈が荒い。

 だが、不思議と可笑しい。

 ルシエラは思わず拭き出した。


 ユウナが今度は問い返す。

「あなたは?」


「少し残しました…お店に還元です」


 店主が涙を拭いながら、深く頷く。

「うう…いい娘さんだ……!」


 ユウナは腕を組み、ふむ、と唸った。

「……合理的判断ね。無理に限界を超えてもいいことはないわ」


 さっきまで限界突破していた本人が言う。


「それに」

 ふと、思いついたように続ける。


「あなたは成長しきってるから、そこまで食べなくてもいいのかも知れないわね」


「……どういう意味ですか?」


「どういう意味でしょうね?」

 意味深に視線が胸元へ落ちる。


「……会計をしてきます」

 さっと立ち上がり、身を翻してユウナの視線を切った。


―――


 店を出ると、昼の眩しい陽光も随分と落ち着いていた。

 少し冷えた風が、甘さの残る身体に心地いい。


 ユウナは歩きながら、苦しさをにじませた息を吐く。

「……腹ごなしに市場を一周するわよ」


「やっぱり重いんじゃないですか」


「違うわ、消耗品の買い足しよ」

 そう言うがしかし、歩幅は明らかに小さい。


 ユウナの姿に気づいた子供たちが手を振る。

「ユウナ姉ちゃん! 今日も勝ったのー?」


「当然よ!」

 そう言ってユウナは胸を張る。


 同時にお腹も張る。


 それを見て小さく笑うルシエラ。


 一つの戦いが、ここに幕を閉じた。


 だがどうやら、この街では剣を抜かない戦いもまた、語り草になるらしかった。

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