戦後処理③
湯気がゆらゆらと天井へ昇っていく。
広い浴場に響くのは、湯のさざめきと、時折落ちる水音。
そして――
「ふぅううううう……」
肩まで湯に沈んだユウナが、これ以上ないほど気の抜けた声を漏らす。
頬はほんのり赤く、瞳はとろんと潤んでいる。
普段の鋭さは影も形もない。
「今回はやばかったわね…」
天井を見上げたまま、ぽつりと呟く。
「ソロだったら確実に死んでた」
誇張ではない。
17レベルの化け物、とても一人で相手をできるような存在ではなかった。
ユウナはゆっくりと湯から上がると、浴室の入口に立つルシエラを見る。
「ほらルシエラぁ、そんなとこに突っ立ってないでこっち来なさい~。ご褒美に身体洗ってあげる~」
声が妙に甘い。
だが艶めいた響きというよりは、完全に酔客のそれだった。
ルシエラはため息をつく。
「ご褒美の意味が分かりませんけど……」
「ほら早く、兵は神速を尊ぶのよ」
よくわからない物言いをしたユウナは、すでに手桶を持って待ち構えている。
どうやら酒が相当に回っているらしい。
報告が終わった帰り際に、ギルド長が持たせた酒は、見た目こそ澄んだ琥珀色だったが、喉を焼く強さだった。
――死闘の後は眠れないものだ。と。
そう言われて素直に飲み、素直に酔った結果がこれである。
ルシエラが観念して近づくと、満足そうに笑って。
「素直でよろしい。ほら、背中向けなさい」
「……はいはい」
桶で湯をかけ、手拭いに石鹸を泡立てる。
意外にも手つきは丁寧だった。
肩から背へ、腕へと、ゆっくりと洗っていく。
「……ほんと、よく当てたわね」
ぽつりと零れる。
「あの最後の一撃。あれ外してたら完全に持っていかれてたわ」
「あなたが“どちらかが死ぬ”なんて脅すからです」
「脅しじゃないわ、ただの事実」
くすくすと笑うユウナに、ルシエラも微笑みを返す。
体を流し終えると、二人は揃って湯に浸かった。
「「………」」
じっくりと無言で湯の温かさを堪能する。
そんな中、ふとユウナの視線がルシエラの顔に向けられ、そのまま下に落ちた。
「ルシエラ……あなた、やっぱり大きいのね……」
真剣な顔で呟くユウナ。
「……は?」
ルシエラは一瞬訳が分からずに、思わず間の抜けた声を返す。
「私も結構ある方だと思ってたけど……これは規格外ね……」
自分と見比べるようにして、しげしげと眺める。
「ちょ…っ、何を真顔で比較してるんですか!」
ユウナは顎に手を当てる。視線は逸らさない。
「戦力差の把握は大事よ…」
「そこは戦力じゃないです!」
ばしゃ、と湯をすくってユウナの顔にかける。
ユウナは目をぱちぱちさせ――それから、ふっと笑った。
「ふふ……怒った顔も可愛いわね」
「……酔っ払いは黙ってお湯に浸かっててください」
ルシエラが背を向けると、ユウナは湯船の縁にもたれかかった。
しばしの静寂。
湯気の向こうで、ユウナの表情がわずかに戻る。
「……ありがと」
小さな声。
「今日は本当に助かった」
ルシエラは少し驚いた顔をする。
柔らかい声。
飾りのない言葉。
それが、胸の奥にすっと染みた。
「……こちらこそ」
肩越しにユウナを見やり、短く返す。
ユウナは目を閉じて、ゆっくりと言う。
「あなたが隣にいるなら、何が相手でも勝てる」
力の抜けた声なのに、不思議と揺るがない響きだった。
そして、すぐに付け足す。
「でも次はもう少し、出費は抑えたいわね……20万超えはさすがに心臓に悪い」
「そこですか」
「大事よ」
二人で小さく笑う。
やがて、ユウナの身体がゆらりと揺れた。
湯の中で、こくりこくりと舟を漕ぎ始める。
「……ほら、のぼせますよ」
ルシエラが肩を支える。
「ん~……もう一杯~……」
「絶対だめです」
半ば引きずるようにして湯から上げる。
ふらふらと揺れるユウナの身体を拭き、寝着を着せて寝室へ連れて行く。
ベッドに倒れ込んだユウナは、そのまますぐに寝息を立て始めた。
ルシエラはベッドの縁に腰掛け、眠る横顔を見る。
戦場では鋭く、冷静で、計算高い。
しかし今は年相応の、ただの少女の顔だった。
「……ソロだったら死んでた、ですか」
小さく呟く。
今日の勝利は二人で掴んだものだ。
それがルシエラには嬉しい。
命を預け、命を託し、最後の一撃を任せた。
もうユウナは一人ではない。それはルシエラもまた同じだった。
静かな寝息が部屋にひとつ。
やがてその隣で、もうひとつ。
拠点に、確かな“二人分の時間”が流れていた。
飲酒後の入浴、ダメ、絶対。




