戦後処理②
早朝の冒険者ギルド。
普段なら依頼を受けて外へ出る者、夜勤明けで戻ってくる者、朝食をかき込みながら次の仕事を探す者で、慌ただしく人が入れ替わる時間帯だ。
だが、この日の空気は明らかに違っていた。
ギルド内には、いつもより多くの冒険者が留まっている。
理由はひとつ。
場合によっては大規模レイドが編成されるかもしれない――そう通達されていたからだ。
レイドとは複数のパーティが合同で一つの任務に当たる、非常時の対応。
そのため、外へ出ようとしていた冒険者たちにも、当面は待機するよう要請が出ていた。
事情は簡単に説明されている。
敵はモンスターレベル17の変異種。
それだけで十分だった。
ギルドのあちこちで、冒険者たちが低い声で話し合っている。
「17って…冗談だろう……軍が動かなきゃどうにもならないレベルだぞ」
「今、ハイペリオンが向かってるって話だが……」
「ユウナか……でも無茶だろ。いくらあの人が強いって言っても一人じゃ――いや、さすがに偵察に出たって意味だろう」
「そうだぜ。あの人にもレイドに加わってもらわないと、とてもじゃないが勝ち目がない」
声を潜めていても、不安は隠しきれない。
レイドが宣言されれば、ここにいる何人が森へ向かうことになるのか。
そしてそのうち、何人が生きて帰れるのか。
誰も軽口を叩かない。
誰も楽観しない。
空気そのものが重かった。
そのときギルドの扉が開いた。
軋む音に、冒険者たちの視線が一斉に向く。
そこに立っていたのはユウナとルシエラだった。
一瞬の沈黙。
誰も、すぐには声を出せなかった。
そして次の瞬間。
「……帰ってきた」
「お、おい、無事だ……!」
「隣にいるのは……?」
ざわめきが一気に広がる。
驚き。
安堵。
困惑。
だが、ユウナはそんな視線をまるで気に留めなかった。
いつも通りの足取りで、まっすぐ奥へ向かって歩いていく。
その隣にはルシエラ。
自分へ向けられている視線に気づいていないはずがない。
それでも足を止めない。
ユウナの隣を迷いなく歩く。
その姿に、ついに誰かが堪えきれず声を上げた。
「……討伐はどうなるんだ?」
ユウナは立ち止まらない。
ただ短く、当然のことのように答えた。
「終わってるわ」
あっさりとした口調だったが、その一言でギルドの空気は一瞬にして塗り替わった。
静寂。
そして――
爆発するようなざわめき。
「は……?」
「終わったって……偵察じゃなかったのか!?」
「レベル17だぞ!?」
「いや、待て、二人で……?」
驚愕が波のように広がっていく。
だがその喧騒の中でも、ユウナは少しも歩調を変えなかった。
受付の案内を受け、そのまま奥の廊下へ進む。
ルシエラもまた、その隣を並んで歩いていく。
ギルド長室へと消えていく二人の背中を、冒険者たちはただ呆然と見送るしかなかった。
今しがた、自分たちが覚悟していた大規模レイドは、その必要性ごと、たった二人によって消し飛ばされたのだと――
ようやく、理解し始めながら。
―――
「はい、これ。討伐証明」
ユウナはそう言って、数枚のマテリアルカードを机の上へ置いた。
魔物を討伐し、適切な手順を踏めば、その魔物の各部位はアルケミストが扱うマテリアルカードへ変化する。
それは粗製マテリアルカードと呼ばれていて、カードには元になった魔物の名前、部位、そして色とランクが記されており、そのまま賦術の媒体として使ってもいいし、必要であれば元の素材の形へ戻すことも可能だ。
ギルド長はそのうちの一枚を取り上げ、目を落とした。
〈◇✕※▽◎〇の角 赤/SS〉
眉がわずかに動く。
「モンスター名は、私の〈魔物見の眼鏡〉でもその表示だったわ」
「なるほどな」
ギルド長は短く呟く。
名前が壊れているのは、変異種ゆえだろう。
ユウナは肩をすくめた。
「だから、それが本当に17レベルだったって厳密な保証まではできないのだけど」
確かに、素材がSSランクのカードになると言うことは、高レベル個体の証明にはなる。
だがそれだけで“17レベルに達していた”、と断定する証拠にはならない。
だがギルド長はあっさりと言った。
「疑いはしないさ。お前がそんな姑息な真似をするとも思えん」
その信頼の言葉に、ユウナは小さく笑みを返す。
「それで」
ギルド長はカードを机に戻し、改めて二人を見た。
「どうやって17レベルを倒した?」
素朴な疑問だった。
ハイペリオン級とはいえ、たった二人。
信じて送り出したとはいえ、普通に考えれば、17レベルを正面から落とすのは無茶に近い。
だがユウナはあっさり答える。
「別に普通よ。フルバフで突っ込んだだけ」
あまりにも雑な説明だった。
そして隣に立つルシエラの肩へ手を置く。
「あとは連携、かな」
その言葉に、ルシエラの口元がわずかにほころぶ。
ギルド長はそれを見て、小さく息を吐いた。
「……なるほどな」
視界の端には、机の上へ置かれたマテリアルカード。
ユウナがファイターであり、ソーサラーであり、そしてアルケミストでもあって、その技能を補助として用いていることは、当然ギルド長も把握している。
アルケミストの補助は強力だ。
打撃力なら、実質的に数レベル分の威力を上乗せして。
防御力なら、板金鎧を更に一着着込んだにも等しい補強。
回避阻害と、それからユウナは使えないが、打撃力や防御力等の低下、それに継続ダメージ等のデバフも含めれば、戦力差そのものをねじ曲げ得る。
「……つまり」
ギルド長が察したように言うと、ユウナは頷いた。
「うん。SSカードばらまいちゃったの」
「(可愛く言った!?)」
ルシエラが横で驚愕する。
可愛く言っているが中身はそうならない。
ギルド長はしばし黙ってから、静かに尋ねた。
「……参考までに、いくらかかった?」
ユウナはほんの少し目を逸らしながら答える。
「んっと…にじゅーまんごせんろっぴゃくガメル……かなぁ?」
「(また可愛く言った!?)」
だが、どれだけ丸めた口調で言おうと、金額の凶悪さは一切和らがない。
205,600ガメル。
その場に短い沈黙が落ちた。
やがてギルド長は頷く。
「分かった。持ち帰った素材はこちらでもらうぞ?」
「もちろんよ」
「そのうえで、ドルギラス変異種の討伐報酬は25万ガメルとする。いいか?」
ユウナは即座に答えた。
「異論はないわ」
「よし」
ギルド長はそう言って、記録を取っていた職員へ視線を向ける。
「これで変異種の討伐は完遂された。現時点をもって、冒険者への待機要請を解除する。
要請に応えてくれた礼に、一杯だけギルド側で出してやってくれ」
職員はすぐに返事をし、部屋を出ていった。
それを見届けてから、ギルド長は改めて二人へ向き直る。
「よくやってくれたな。一歩間違えば、大惨事になっていた」
ユウナは肩をすくめる。
「こちらこそ、悪いわね。カードを出し惜しみできる相手じゃなかったのよ」
「いいさ」
ギルド長は苦く笑った。
「被害が25万ガメルで済んだ、とも言えるからな」
「被害……ね」
「ああ、被害だ」
その言い方に、ユウナも小さく笑う。
ギルド長は立ち上がり、右手を差し出した。
ユウナも同じように立ち上がり、その手を握り返す。
固い握手。
だがそこには、形式以上の意味があった。
依頼を出す者と受ける者。
ギルドと冒険者。
その関係を超えて、街を守った者同士の理解があった。
握った手はそのままに、二人はわずかに笑みを交わした。
―――
ギルド長室を出た二人を、待機中だった冒険者たちの歓声が出迎えた。
ユウナは、ジョッキを片手に詳しい話を聞きたがる冒険者たちを
「疲れたからギルド長に聞いて」
と、全部ギルド長に丸投げして、そのままギルドを後にした。
17レベルの討伐――
それはユウナの強さを改めて印象づけるには十分だった。
だが今回周囲の目を引いたのは、もう一つある。
ユウナの隣を歩く、見慣れないナイトメア。
ルシエラ。
その顔と名が、ギルド職員と冒険者たちのあいだに、ここで一気に知れ渡ることになった。
ユウナ一人の名声ではない。
これからは、その隣に立つ者の名もまた、語られていく。




