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vs(?)王妃

「ま、まだだ……!」

 沈黙の中、王子が顔を紅潮させ、震える声で叫んだ。


「あんなものは……卑怯な術だ! 騙し討ちだ! あんなもの、勝負ですら――」


「お黙りなさい」

 その言葉を、鋭く断ち切ったのは王妃だった。


 大声ではない。

 だが、その一言だけで王子の声は完全に止まった。


 王妃は静かに一歩前へ出る。

「これ以上更に、王家の恥を晒すつもりですか」


 その視線はまず王子を射抜いた。

 逃げ場は与えない、言い訳も許されない。


 王子の唇が震える。

 だが、もう言葉は出てこなかった。


 王妃の視線は次に、他の王族へ。

 重臣たちへ。

 そして、倒れている騎士団長や近衛兵たちへとゆっくりと移っていく。


「皆も、もうお分かりでしょう」

 静かな声だった。

「この場でなお剣を向けることが、どれほど愚かなことか」


 誰も口を開けない。

 先ほどまで声高に罵っていた者たちも、今はただ沈黙するしかなかった。


 王妃はその沈黙を確認すると、ゆっくりとユウナへ向き直る。


 そして――頭を下げた。


「数々の無礼、深くお詫び申し上げます」

 それは誰の目にも明らかな、紛れもない謝罪だった。


 王妃という立場の者が、公のこの場で、一介の冒険者へ頭を下げる。

 謁見の間に、ざわめきが広がる。

 だがそんなざわめきなど、王妃は気に留めなかった。


 ユウナは、その姿をじっと見据えた。


 そして、口を開く。

「あなたも私のこと、“猛獣”とか言ってくれてたと思うんだけど?」


 わずかに棘を含んだ言葉。

 だがそれは、試すような響きでもあった。


 王妃は顔を上げる。


「あら」

 ほんの少しだけ目を細め、優雅に微笑む。

「これ以上ないほど温和な表現をしたつもりなのですが、お気に召しませんでしたか?」


 その返しに、ユウナの口元が歪む。

「言うじゃない」


 視線がぶつかる。


 それはごく短い間だったが、その間に互いの力量を量り終えたような、鋭い空気が流れた。


 敵意はない。

 だが、油断もない。


 同じ高さに立つ者同士の、わずかな時間の激しい応酬だった。


 やがて王妃は姿勢を正す。


「ユウナ殿」

 その呼び方は、もはや形だけの敬称ではない。


 確かな敬意を含んでいた。

「メイベルのこと、よろしくお願いいたします」


 その言葉に、再び小さなどよめきが走る。


 王家の者がメイベルを“託した”。

 その意味を理解できる者は、限られていた。


 だがユウナは迷いなく答えた。

「任されたわ」


 王妃は小さく頷く。

 そして、今度はメイベルへ視線を向ける。


 その眼差しは鋭く、逃げることを許さない王妃のものだった。

「あなたの正義を、見せてもらいますよ」


「はい……!」

 メイベルは、その視線を真正面から受け止めた。


 その様子に、王妃の表情がほんのわずかにやわらぐ。


「体には気を付けなさい」

 その一言だけは王妃としてではなく、ただ一人の母として、娘へ向けられた言葉だった。


 メイベルは唇をきゅっと結ぶ。

 そして、深く――深く頭を下げた。


 ユウナはそれを横目で見ながら、静かに息を吐く。


 王妃は決して味方ではない。

 だが、敵でもない。


 少なくとも話の通じる相手ではある。

 それだけでもこの国の未来は、誰が何をしようが完全にどうにもならないわけではない。


 そう思わせるには、十分な一幕だった。

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