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vs近衛兵

「その穢れを殺せ!」

 王子の叫びが、謁見の間に鋭く響いた。


 その声を合図に、近衛兵たちが一斉にユウナへ殺到する。


 鎧のぶつかる音。

 床を蹴る足音。

 抜き放たれた刃が、天井から差し込む光を弾く。


 王家直属の精鋭たち。


 その動きは確かに洗練されていた。

 隊列を崩さず、互いの死角を補い合い、盾と槍と剣で包囲を狭めていく。

 個々の実力だけではない。

 集団として敵を潰す訓練が、確かに叩き込まれている。


 だが――。


 その瞬間、ユウナはほんの一瞬だけ王妃の方を見た。


 その視線を受けて、王妃はわずかに頷いた。


 声はない。

 言葉もない。


 だが、それだけで十分だった。


 ユウナは、にやりと笑う。


「メイベル」

 その声に、メイベルがはっと顔を上げる。


「特等席で見学させてあげる」

 まるでこれから芝居でも始めるかのような軽さだった。


「分かりやすく戦ってあげるから、離れず、目を閉じず、よく見てなさい」


「は……はい!」


 メイベルは思わず背筋を伸ばして返事をした。


 この状況で、見学。


 周囲は完全武装の近衛兵に囲まれている。

 王は怒り、王子は殺せと叫び、重臣たちは息を呑んでいる。

 普通なら、それどころではない。


 だが、ユウナはいつもの調子だった。


 いや。


 いつもの調子に見えるよう、あえてそうしているのだろう。

 ユウナは腰の後ろへ手を回し、何かを引き抜いた。

 そして、それを堂々と構える。


「これぞ伝説の武器――かっこいい木の棒!」


「はい?」

 メイベルが、思わず間の抜けた声を上げた。


 ユウナの手にあるのは、どう見てもただの木の棒だった。


 少し形がよく、手に馴染みそうではある。

 だが、どう見ても棒である。


 その瞬間、メイベルは思い出した。


 王都までの道中。

 ユウナは時々、道端で気に入った木の棒を拾っては、妙に嬉しそうに振り回していた。


 そのたびにルシエラが冷たい目で、

「捨ててください」


 と言っていたはずだ。


「持ってきてたんですの!?」


「こんなこともあろうかとね!」


 ユウナは得意満面だった。


 本当にこの展開を想定していたわけではないだろう。

 ただ、捨てるのが惜しかっただけに違いない。


 だが、その間にも近衛兵たちはすでに間合いへ入っていた。


 剣が振り下ろされる――槍が突き出される――盾が押し寄せる。

 一斉に――多方向から――逃げ場を潰すように。


 だが次の瞬間。

 木の棒が消えたように見えた。


 乾いた音が響く。


 ぱしっ。

 ごっ。

 どがっ。


 一人目の膝が崩れる。

 二人目の槍が弾き飛ばされる。

 三人目が盾ごと押し返され、四人目の手から剣が落ちる。

 五人目は足を払われ、鎧を鳴らして床へ転がった。


 あまりにも速いユウナの動き。

 だが不思議なことに、メイベルには見えた。


 少なくとも、何が起きているのかは分かった。


 打撃の箇所。

 体勢の崩し方。

 間合いの外し方。

 敵の動きを誘い、踏み込ませ、崩れやすい場所へ当てる流れ。


 すべてが見える。

 けれど、真似はできない。

 分かりやすいのに、届かない。

 教本のように明快でありながら、実行するには隔絶した技量が必要な戦いだった。


 ユウナは剣を抜いていない。魔法も使わない。

 手にしているのは、ただの木の棒一本。


 それでも近衛兵たちは、一人ずつ、確実に叩き伏せられていく。


 一人を倒すたびに、次の兵が踏み込む。

 その踏み込みをわずかにずらし、隣の兵の盾と干渉させる。

 盾がぶつかり、剣の軌道が詰まり、槍の間合いが死ぬ。


 その一瞬に、棒が走る。


 手首。

 膝裏。

 肩口。

 胸甲。

 鎧の継ぎ目。


 鎧の隙間から、或いは構わずその上から、しかし確実に戦闘不能へ追い込む一撃だけを、正確に積み重ねていく。


 近衛兵たちは確かに強い。

 だが、ユウナの前では、その程度の強さなど、一般人と大して変わらない。順番の様に次々と崩されていた。


 数分後。

 謁見の間には、呻き声と沈黙だけが残されていた。

 最後の砦であるはずの近衛兵たちは、誰一人としてユウナの影すら踏めぬまま、床に転がっている。


 死者はいないが、立っている者もいない。


 ユウナは肩を軽く回した。


「やっぱり、私は相手が多いと倒すのに時間がかかるわね」

 つまらなさそうにそう言って、手にしていた木の棒をぽいと投げ捨てる。


 カラン。


 軽い音を立てて、木の棒が床を転がった。


「伝説の武器が!?」

 メイベルが思わず叫ぶ。


 ユウナは怪訝そうに振り返った。

「何言ってるの、メイベル。あんなのただの棒よ?」


「分かってます! ユウナ様が仰っていたのでしょう!?」


 即座に返す。

 ユウナは満足げに頷いた。


「いいわね。小気味よく突っ込めるようになってきた。訓練の成果が出ているわ」


「そんな訓練は要りません!」

 周囲が呆気に取られている中、謁見の間には二人の掛け合いだけが妙に元気よく響いていた。

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