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嗤う英雄

「わたくしはこの国を……わたくしを育み、見守ってくれたこの国を、心から愛しています」


 メイベルの声が、凛として静寂を切り裂いた。


「愛しているからこそ、今の歪んだ状態を黙って見ていることはできません。過ちを正すことこそ、王家に連なる者の責務だと信じております!」


 謁見の間は、ざわめきという名の濁流に飲み込まれた。


 王都の心臓部で、これほどまでに真っ向から国の方針に異を唱えた者など、建国以来一人もいなかった。


「もうよい!」

 ついに王の怒りが沸点に達した。


 玉座から立ち上がった王は、顔を怒りに染め、激しく手を振り下ろす。


「今この場を以て、貴様の王位継承権を剥奪する! 今後、王家の姓を名乗ることも、王女を自称することも一切許さぬ! この場から直ちに立ち去れ!」


 宣告が下り、謁見の間は氷を打ったように静まり返った。

 それは事実上の放逐。

 後ろ盾をすべて失った少女の末路を誰もが確信した、その時。


「あっはははははは!」


 その場にそぐわない、突き抜けるような笑い声が響いた。

 膝をついていたユウナが、軽やかな動作で立ち上がる。


 その瞳には恭順の意など微塵もなく、ただ不敵な光だけが宿っていた。

「面白いわね。王家から追い出しさえすれば、それでこの子が止まると思っているの?」


 ユウナは嘲笑を交えながら、玉座の王をまっすぐに見据えた。

「この子は戻って来るわよ」


 メイベルの肩に手を置く。


「国が無視できないほどの力をつけて」


「そして騎士団でも、神官戦士団でも掌握して」


「この国を変えるわ」


 その言葉に、誰もが一瞬、我を忘れた。


 あまりにも断定的で、あまりにも当然の未来のように語るから……


 気づけば、皆がユウナの言葉を聞いていた。

 だが、すぐに我に返った重臣たちが、顔を真っ赤にして喚き散らす。


「ぶ……無礼者が!」

「たかが冒険者が、王の許可なく立ち上がるとは何事か!」

「発言など許しておらんぞ! この汚らわしい穢れ持ちが、身の程を知れ!」


 堰を切ったように浴びせられる罵詈雑言。

 しかしユウナは、うるさい羽虫を払うように片手を振った。


「五月蠅いわね」

 その一言だけで、場の空気がまた変わる。


「たかが冒険者?」

 鼻で笑う。


「冒険者ギルドは国を越えた組織で、一王国の庇護下にあるわけじゃない、対等な立場なのよ」


 その言葉に、重臣たちの顔色が変わる。


 “対等”。


 王に仕える者たちにとって、その言葉自体が不快だったのだろう。

 王家を頂点とする価値観の中では、冒険者など雇われる側に過ぎない。

 ましてや、穢れを持つ者など論外。


 だが、現実は違う。


 冒険者ギルドは国境を越えて展開し、魔域や蛮族、災害に対処する独立組織だ。

 王権の下僕ではない。


 ユウナは続けた。


「一応、私よりずっと年上の人だし」


 ちらりと王を見る。

「それに、メイベルのお父さんでもあるから、下手に出てたけど」


 そこで、笑みが消える。

「散々貶されるわ、最後にはメイベルのお父さんでもなくなるわで」


 ユウナの声が、すっと低くなった。

「もうあなたに畏まる理由なんて、何一つとしてなくなったのよ」


「身の程を弁えろ、この穢れがぁ!!」

 耐えかねた王子の一人が、靴音を鳴らし、腰の剣に手をかけながらユウナへと歩を進める。


 だが、ユウナは動じない。


 ただ、その瞳にゾッとするほどの殺意を宿した。


「言っておくけど」

 ユウナが、静かに視線を向けた。


「……剣を抜いたら、容赦はしない」


 睨む。


 ただ、それだけだった。


 それだけで王子の足が止まる。


 手が震える。

 呼吸が浅くなる。


 抜けない。

 剣を抜いたらタダでは済まない。


 目の前にいるのは、ただの女ではない。

 幾多の魔域を踏破し、竜を(たお)し、数多の死地を越えてきた怪物。


 その本能的な恐怖が、身体の自由を奪っていた。


「き……騎士団長……っ」


 王子は声を裏返らせながら叫ぶ。


「騎士団長を呼べ!」

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