追放
それからの旅路に、大きなトラブルはなかった。
街道を進み、野営を重ねる。時折すれ違う旅人や商人たちと短く挨拶を交わしながら、一行は王都へと近づいていった。
そして、数日後。
巨大な外壁に囲まれた王都が、遠くに姿を現した。
高く、分厚く、威圧的な石の壁。
空へ突き上げるような城郭。
その奥に覗く王城の尖塔。
遠目に見ただけでも、そこがこの国の中心であることは分かる。
しかし、メイベルの胸に湧いたのは、懐かしさだけではなかった。
重く冷たくて、息苦しい。
それはかつて、幼かったユウナが逃げ出すとともに見放した場所であり、メイベルがこれから向き合わなければならない場所でもあった。
王都の門へ近づくと、兵士がすぐに一行を呼び止めた。
事情を確認されるまでもない。
すでに通達は回っていたのだろう。
兵士はメイベルを確認し、次にユウナへ視線を向ける。その目に一瞬、警戒と嫌悪が混じった。
「メイベル様。ユウナ殿。城へお越し願います」
口調は丁寧だったが、有無を言わせぬ響きがあった。
ユウナはそれを聞いて、短く息を吐く。
「ルシエラたちは宿を取っておいて」
ルシエラは一瞬だけ何か言いたげにした。
だが、ここで自分が同行しても場を複雑にするだけだと分かっていたのだろう。
「……はい」
短い返事のみで頷く。
エリスもまた、無言で一礼した。
ユウナとメイベルは、案内役の兵士に先導され、王城へと歩いていった。
―――
通されたのは、謁見の間だった。
天井は高く、床は磨き上げられて、整然と柱が並ぶ。
壁には王家の紋章が掲げられ、赤い絨毯が玉座へ向かってまっすぐに伸びている。
以前のメイベルは気が付かなかったが、それは、入ってきた者に威圧感を与えるように計算されているかのようだった。
その中心に、王が座していた。
隣には王妃。
その更に横に、王子と王女たちが並んで立っている
絨毯を挟むように周囲には重臣たちが並んでいる。
国の中枢。
権力そのものが形を持ってそこに座しているかのような場所だった。
そのすべての視線が、一斉にユウナへ向けられた。
そこに込められていたのは、侮蔑であり、嫌悪であった。
それは、メイベルがヴァルクレアで見てきたものとはまるで違っていた。
街の人々がユウナへ向けていたものは、敬意であり、好意であった。
そこには、彼女が成し遂げたことを見る目があった。
だがここでは違う。
彼女が何を成し遂げたかではなく、何として生まれたかだけを見ている。
――穢れ持ち。
その言葉を、口に出さずとも突きつけてくる視線。
メイベルの歯が、ぎり、と鳴った。
それでもユウナは、まるで気にも留めない様子で、儀礼に従い静かに跪いていた。
背筋は伸びている。
頭は下げているが、卑屈さはなく、その態度に乱れはない。
媚びもなく。ただ形式だけを正しく満たしている。
その態度が、かえって場の空気を逆撫でした。
「……」
ユウナは目を伏せたまま、周囲の視線を感じ取っていた。
それは、幼い頃から何度も浴びてきた視線。
今さら胸を刺すほど新鮮な痛みではない。
だがその中に、違う種類の視線が混じっている。
――興味。
こちらを値踏みするような、あるいは純粋に観察するような視線。
その主を確かめようと、ユウナがわずかに顔を上げかけた瞬間――。
「許可なく顔を上げるな!」
鋭い制止の声が飛んだ。
ユウナは小さく苦笑する。
「失礼いたしました」
言葉だけは丁寧に。再び頭を下げ、目を伏せる。
その横で、メイベルの拳が震えていた。
「メイベル」
玉座から、低く響く声が落ちた。
父である王の声だった。
メイベルは顔を上げる。
「勝手な真似をするな」
その一言で、謁見の間の空気がさらに重くなる。
「剣を学びたいのであれば、騎士団で十分だ。
それを、よりにもよって冒険者……しかも穢れ持ちに教えを請うとは何を考えている」
その言葉には、はっきりとした軽蔑が込められていた。
謁見の間が静まり返る。
メイベルは、その沈黙の中でゆっくりと息を吸った。
「ユウナ様は、この国でも指折りの冒険者であり――」
その声は、はっきりと響いた。
「最強の剣士です」
小さなどよめきが、謁見の間に走った。
だが、メイベルは止まらない。
「そしてその前に、“穢れ持ち”という言葉を訂正してください」
空気が凍った。
重臣の一人が顔をしかめる。
王子の一人が鼻で笑う。
王女たちの中には、驚きと困惑の表情が浮かんだ。
父王を前にして、末の王女が言うべき言葉ではない。
場の誰もがそう思った。
だがメイベルは、もう引かなかった。
「穢れなど関係ありません」
その声には迷いがない。
「問題なのは、“在り方”です」
王の眉が、わずかに動く。
メイベルは続けた。
「今のこの国のやり方は、本来まっすぐに育つはずだった人々を――歪んだ道へ追いやっているようなものです」
それは、幼さを感じさせないほど真っ直ぐな言葉だった。
しかしだからこそ――強く、反発を生む。
「……ほう」
王の声が、低く沈んだ。
「穢れ持ちに感化されたか」
冷たい視線が、メイベルを射抜く。
「その言葉を訂正し、謝罪せよ」
謁見の間に緊張が走る。
「さもなくば――」
一瞬の間を置いて、王は静かに告げた。
「継承権を剥奪し、追放する」
それは王女としての立場、将来の可能性……その全てを失う宣告。
メイベルはほんの一瞬だけ瞼を伏せた。
かつての自分なら、父の怒りと王の権威の前に、ただ謝っていたかもしれない。
しかし今の彼女は違った。
「構いません」
その声は、驚くほど穏やかだった。
謁見の間に、別のざわめきが走る。
「もとより、継承権などあって無いようなものです」
王子たちの表情が変わる。
重臣たちが目を細める。
だがメイベルは、気にしなかった。
「そして、わたくしはそれに頼るつもりもありません」
彼女は顔を上げ、堂々と立った。
「わたくしは、自分の力で道を切り開きます」
それは宣言だった。
王に対する反抗ではない。自分自身への誓いだった。
謁見の間が、重苦しく沈黙する。
その中でただ一人。
ユウナだけが顔を伏せたまま、わずかに口元を緩めていた。
本作はこの王都編で一旦区切りとなります。
あと8話の予定、最後までお付き合いいただければ幸いです。




