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気遣い……?

「いや~、ごめんごめん。ベッドで寝るの久しぶりだったからさぁ」


 朝食の席で、ユウナは笑いながらそう謝った。


「…………」


 メイベルは何も返せない。

 顔を真っ赤にしたまま、小さくちぎったパンを口へ運ぶ。


 別に怒っているわけではなかった。


 むしろ――。


「(よく考えたら、あんなにユウナ様と密着して……

 そ……その……顔をお胸に押しつけられるなんて……。)」


 思い出した途端、耳まで熱くなる。


 あれは事故だ。

 完全に寝相の問題だ。

 自分が望んだことではない。


 分かっている。


 分かってはいるのだが、朝起きた時のあの圧倒的な捕獲感と、視界いっぱいに広がる肌の色を思い出すと、まともに顔を合わせられなかった。


「まったく、ユウナは……その癖だけは全然治らないんですから……」

 ルシエラがため息まじりに言う。


 その声には呆れが混じっていたが、どこか慣れた響きでもあった。


「る……ルシエラ様もルシエラ様ですわ!」

 メイベルは恥ずかしさを誤魔化すように、勢いよくルシエラの方を向いた。


「すぐに助けてくだされば……!」


「ああなったユウナは、気が済むまで起きませんから」

 ルシエラは淡々と答える。迷いのない諦めだった。


 そして、ほんの少しだけ口元を緩めた。

「メイベルも嬉しそうだったし、まあいいかなと」


「っ!? な……うぇえ!?」

 メイベルの顔が、さらに真っ赤になる。


「あら、そうだったんだ。じゃあいいかな」


「ユウナ様!?」


 抗議の声を上げるが、ユウナはどこ吹く風だ。


 そんなやり取りの中で、メイベルはふと気がついた。


 昨夜のこと。


 自分の手で蛮族の命を終わらせたこと。

 怖くなって泣いたこと。

 吐いてしまったこと。

 ユウナの優しさに、子供のように甘えたこと。


 本来なら、思い出すだけで胸が締めつけられてもおかしくない。


 しかし。


 そのことに対して、今の自分は――。

 恐ろしさも。

 恥ずかしさも。

 気まずさも。


 ほとんど感じていなかった。


 胸の奥にあるのは、ただ不思議なくらい穏やかな感覚だけだ。


 ――きっと。


 メイベルはそっと視線を上げる。


 笑っているユウナ。

 いつも通りの顔で紅茶を飲むルシエラ。


 ユウナ様も、ルシエラ様も……わざとやっているんですわ。


 自分が昨夜の惨状を思い悩んで、暗い影を残さないように。

 わざと賑やかな話題を振って、記憶を上書きしてくれている。


 二人の優しさと、洗練された配慮。

 そう思うと、胸の奥がじんわりと温かくなった。


 その時、ルシエラがさらりと言う。

「もういっそのこと、ずっとメイベルと寝てください。毎朝抱きつかれずに済みますから」


「え~、ルシエラ冷たい~」

 ユウナがわざとらしく頬を膨らませる。


「じゃあメイベルと寝るわよ? 寂しくても知らないよ!?」


「どうぞ」


 ルシエラは即答した。


「むー! もういい。メイベル、今日も一緒に寝るわよ!」


「えっ?」


 メイベルは固まった。

 手に持っていたパンが、皿の上へぽとりと落ちる。


 ――わざとですわよね、多分。


 きっとそうだ。

 多分、そうだ。


 自分を元気づけるための、温かな冗談。

 そうに違いない。


 ……違いない、はずだ。


 メイベルは、つい先ほど胸の内で導き出した結論――「お二人は気高い精神の持ち主であり、尊敬すべき師匠である」


 という評価を、ほんの少しだけ疑った。

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