新しい“犠牲者”
「ん……わたくし……」
朝の光が、薄いカーテン越しに部屋へ差し込んでいた。
柔らかな明るさがまぶたの裏を照らし、メイベルの意識をゆっくりと浮かび上がらせる。
まどろみの中で、昨晩の記憶が断片的に繋がっていった。
蛮族たちとの凄惨な戦い。
初めて命を奪った感触。
込み上げる嫌悪感に耐えきれず、胃の中のものをすべて吐き出したこと。
そして――絶望的な闇の中から自分を掬い上げ、抱きしめてくれたユウナの、あの強くて優しいぬくもり。
「……暖かい」
それは、今まで宮殿で与えられてきた絹の掛布や暖炉の火とは、根本的に異なる暖かさだった。
生身の人間が持つ、力強い生命の鼓動。
メイベルはその安らぎに包まれたまま、もう少しだけ暖かさの続きを味わおうと身をゆだねた。
しかし、意識がはっきりしてくるにつれ、心地よいはずの暖かさが徐々に、物理的な圧迫感へと変質していくことに気づく。
「……? 苦しい……?」
顔に感じる異常な密度。呼吸をするたびに、鼻先を柔らかく、それでいて重厚な何かが塞いでいる。
メイベルは薄く目を開けた。
「……ッ!?」
視界いっぱいに飛び込んできたのは、一面の“肌色”だった。
ナイトメア特有の、わずかに色素が薄く、朝の光に透けるような白磁の肌。
そこでようやく、自分がどういう状態にいるのかを理解する。
メイベルは、ユウナにしっかりと抱きかかえられていた。
まるで抱き枕のように。
しかも身長差のせいで、ちょうど顔の位置がユウナの胸元に収まっている。
その柔らかな膨らみに鼻と口が押しつけられ、息がしにくい。
「ユウナ様っ!」
窒息の危機を感じ、メイベルは必死に顔を左右に振って隙間を作り、声を上げる。
その呼びかけに対し、当のユウナは夢心地な声を漏らした。
「んみゅう~……むにゃ……」
返ってきたのは、抱擁の強化だった。
ユウナは無意識のうちに、腕の中にある“抱き枕”の収まりを良くしようとしたのか、さらに力を込めてメイベルを抱き直す。
メイベルの顔は、皮肉にも先ほどより正確な位置――呼吸困難な密着地点へと押し込まれた。
「むぐっ……!」
逃れようともがくが、超一流の戦士による無意識のホールドは、メイベルの華奢な力ではビクともしない。
「んむぅ! んんーっ、んんーーーっ!」
抵抗を示すために足をばたつかせてみる。しかし、それが眠れる獅子をさらに刺激した。
ガシッ! と、今度はユウナの両脚がメイベルの下半身を完璧に挟み込み、全身をがっちりとロックしたのだ。
「もがっ! んんっ……ユウナ……様ぁっ!」
メイベルはもはや指一本動かすことも叶わない……いや、指くらいは動かせるが、そんなの動かせたところでどうしようもない。
再び辛うじて首を回して鼻先をずらし、酸素を求めながら必死に呼びかける。
しかし、ユウナは「むふーっ」と満足げな吐息を漏らすばかりで、一向に覚醒する気配がない。
その時だった。
ガチャッ、と音がして寝室の扉が開く。
「二人とも、そろそろ起き――」
言いながら入ってきたルシエラと、メイベルの目が合った。
「ルシエラ様……助けてっ!」
「………………」
ルシエラは一瞬だけその光景を見つめた。
そして。
ばたん。
何も言わず、静かに扉を閉めた。
「ルシエラ様ーーーーっ、むぐぐぐ!」
再び顔を押しつけられながら、メイベルの悲鳴が上がる。
絶望に染まったメイベルの叫びは、ユウナの豊かな胸に吸い込まれ、マナハウスの静かな朝の中に虚しく溶けていった。




