講評
戦闘の余韻が冷めやらぬ街道。
ユウナは長剣を肩に預け、メイベルの戦いぶりを冷静に、かつ鋭く見定めていた。
「まず最初」
ユウナが口を開いた。
それだけで場の空気が引き締まる。
「むやみに戦場へ飛び込まず、後背の少し離れた場所から回復を飛ばした」
講評が始まったのだと、メイベルはすぐに悟った。
「敵に“無視できない新手”だと思わせて一部の矛先を引き受けつつ、味方を立て直してからの防御魔法で、持久戦へ持ち込もうとした」
メイベルは一言も漏らすまいと、真剣な眼差しで聞いている。
「いい判断ね」
その言葉に、メイベルの表情がわずかに明るくなった。
だが、ユウナはすぐに釘を刺す。
「だけど、冷静であるべき第一歩から躓いていたら、その後の展開なんて望めない。これは出来て当然のこととも言えるわ」
「……はい」
喜びかけた心を引き締めるように、メイベルは頷いた。
「次に、冒険者パーティーに指示を出して戦い方を変えさせたこと。そして、弱い相手から順に潰しにかかったこと。これも常道よ」
ユウナは淡々と続ける。
「敵の頭から潰して戦意を喪失させるやり方もあるけど、その場合は高い火力が必要になる。あなたの戦い方じゃないわね」
ユウナは傍らで呆然としているグレイブたちに視線を向けた。
「そっちの人たちも、突然現れた女の子の指示に即座に従った。プライドが邪魔して足並みを乱す輩も多いけど、説得力のある作戦なら柔軟に受け入れる。その判断力は評価していいわね」
「……いきなり上から褒められたっス」
ランディが戸惑ったように呟く。
リーダーのグレイブも、ユウナが放つただならぬ覇気に気圧されていた。
「この人は……? 只者じゃないのは雰囲気でわかるんだが……」
「このお方はユウナ様ですわ。ハイペリオン級の……」
メイベルが誇らしげに答えようとすると、グレイブの顔色が劇的に変わった。
「ユウナ……ハイペリオン……!? まさか、あの『ヴァルクレアの英雄』か!?」
「さようでございますわ!」
どやえっへん、と言わんばかりの顔で胸を張るメイベル。
だがユウナは、そんな流れをあっさり切った。
「私のことはどうでもいいの」
そして、何事もなかったように講評へ戻る。
「その後のパーティーとメイベルの戦場統合、アイテムを使っての回復役のスイッチ」
「どちらも至極真っ当な作戦ね。特に上位種相手にはさすがに厳しい兼業戦士の二人を、被弾しにくい位置に置いて回復役を任せたのは最上だと思うわ」
ランディとバートが、顔を見合わせる。
戦いの中、自分たちは下がって回復役に回る指示を受けたことで、戦力外にされたように感じていたかもしれない。
だが、ユウナの言葉は違った。
下がることも役割だった。
戦わないのではなく勝つため、戦場を支えるために位置を変えたのだと、はっきり認められた。
「トルーパーとの決戦も、よく最後まで戦った。いざとなれば私に助けてもらえるなんて、微塵も考えていなかった」
そこで、ふっと笑みを浮かべる。
「満点よ」
メイベルの顔がパッと輝いた。
「……! ユウナ様っ!」
その声は、ほとんど歓声に近かった。
だが。
「と、言いたいところだけど」
その言葉で、空気がぴたりと止まった。
ユウナの表情が引き締まる。
「それは、“目の前にいきなり戦場が見えた場合”の話」
メイベルの胸が、どくんと鳴った。
「エリスが【ライフセンサー】で、人間大の反応が十あるって言ったのは覚えてる?」
「冒険者が三人、蛮族が六体……そこで気付かなきゃダメ」
「……っ!」
メイベルの肩がびくりと揺れた。
その瞬間、脳裏で何かが噛み合った。
十の反応。
冒険者三人。
蛮族六体。
残る一。
見えていたはずの数字。
聞いていたはずの情報。
それなのに、戦場を目にした瞬間、自分は目の前の三人と六体だけに意識を奪われていた。
ユウナの声は厳しかったが、冷たくはなかった。
責めるための言葉ではない。
事実を、逃げ場なく示しているだけだった。
「人間が戦闘集団を作る時、必ず回復役を組み込む。少なくとも、そう考えて確認するべきよ」
メイベルは唇を噛む。
「そして、冒険者三人が雇い主を逃がした後も退かず、馬車を背にして戦っていた。そこで察することができる」
その瞬間、メイベルの脳裏に、あの戦場の光景が鮮明に蘇る。
横倒しの馬車。
押される三人。
それでも退かない理由。
「私なら、戦場を統合した時点で最後の一人がどこにいるのか聞いていたわね」
「そして一足早く【アウェイクン】で起こして回復役を任せる。もしくはその人のルーンマスター技能によっては補助魔法で盤石の態勢を作ったり、攻撃魔法でもっと簡単に殲滅できたかも知れない」
それは、単なる後知恵ではなかった。
実際に情報があった。
確認する機会もあった。
戦場を統合した時点で、声をかける余裕も生まれていた。
ならば、そこで一手を打てたはずなのだ。
「最悪でも、敵わないと判断すれば全員で逃げることもできる」
メイベルは息を呑んだ。
その通りだった。
自分は戦っていた。必死だった。間違いなく全力だった。
しかし――視野が狭かった。
「情報を生かし切れていない。全体を見渡す目を持たないと、あなたの目標とする処には届かないわよ」
メイベルは深く俯いた。
先ほどまでの高揚感は霧散し、鋭い指摘に失意の念が込み上げてくる。
「……とは言っても」
ユウナは地面に落ちていた、魔力を失った魔晶石を拾い上げた。
濁った石は、もう何の輝きも宿していなかった。
だが、それは先ほどまで確かに命を繋ぎ、戦場を支え、勝利へ至るために使い切られたものだった。
「持っているものをすべて使い切ってでも勝ちを掴み取りに行った。今はそれで十分よ」
メイベルが顔を上げる。
ユウナは魔晶石を指先で弄びながら微笑んだ。
「最後に言ったことは、これからの課題っていうだけの話」
ユウナが歩み寄り、メイベルの肩に手を置いた。
「よくやったわね。格上の蛮族相手にも怯まず、しっかりと戦えていたわよ」
「ユウナ様……っ!」
メイベルの瞳に、今度は悔しさと感謝が混じった熱いものが込み上げた。
厳しさの裏にある確かな期待。
メイベルはそれを手のひらで包み込むように握ると、小さく頷いた。




