パーティ戦闘④
メイベルは最後の一滴まで魔晶石の力を引き出した。
「――【セイクリッド・ウェポン】!」
蛮族を討つための聖なる加護が、二人の剣に宿る。手の中の魔晶石は、すべての魔力を使い果たして輝きを失った
だが、その代償として二人の剣は、太陽よりも眩しく、力強く輝き始める。
「これでトルーパーとも、まともに戦えますわ!」
そして――
そこからは、ただただ凄惨な消耗戦だった。
聖なる加護を纏った人族と、憎悪を煮詰めた蛮族が、生と死の境界線上で火花を散らす。
流れる血の匂いに嗅覚は麻痺し、背筋を伝うのが昂揚の熱い汗なのか、それとも恐怖の冷や汗なのかすら判別できない。
握力はとうに限界を超え、踏みしめる膝は生まれたての小鹿のように震えていた。
「ぐ……もう、剣を握る力が……」
リーダーの身体が大きくふらつく。トルーパーの剛剣を受け続けたその腕は、もはや感覚を失っていた。
「もう少し、あと一撃ですわ! 気をしっかり持ってくださいませ!」
メイベルは叫んだ。
励ましというより、ほとんど祈りに近い声だった。
勝機は、確かにある。
傷は与えた。
聖なる加護も効いている。
トルーパーの動きは、最初に比べれば明らかに鈍っていた。
だが、その一撃が届かない。
届かせるための隙がない。
ほんの一瞬でいい。
たった一瞬、あの怪物の動きを止められれば。
「そう……だな。剣が握れないなら、せめて……っ!」
リーダーは潔く、その手にあった鋼を手放した。
「最後の一撃は、任せたぞ!」
叫びとともに、リーダー格の戦士はトルーパーの胴へしがみついた。
「GUGIIIII!」
蛮族が怒号を上げる。
巨体が荒れ狂った。
振り払おうと肘を叩きつける。肩をぶつけ、木立へ叩き潰そうとする。足を踏み鳴らし、全身の膂力でリーダーを引き剥がそうと暴れ回る。
それでも、リーダーは離れなかった。
歯を食いしばり、泥を噛み、痛みに呻きながら、それでも両腕を解かなかった。
それは、押さえ込むなどという整ったものではない。
美しい連携でも、洗練された技でもない。
ほとんど心中めいた、あまりにも必死で、乱暴で、無茶な拘束だった。
だが――それで十分だった。
一瞬。
ほんの一瞬だけ、怪物の動きが止まる。
「(今……!)」
メイベルの身体が、思考を追い越して地を蹴った。
足が前へ出る。もはや重いとか痛いとか、そんな感覚は存在しない。意識の底にあるのは、たった一つの確信。
ここで、決める。
ここで決めなければ、もう次はない。
トルーパーの濁った視線がこちらを向く。だが、遅い。
メイベルは盾を捨て、震える両手で剣を正しく握り直した。
最後の一滴まで絞り出した力が、両肩に宿る。
聖光を纏った刃が、朝陽を浴びて一瞬だけ烈火のごとく輝いた。
「はああああっ!!」
踏み込む。
下からではない。横でもない。
ただ、真っ直ぐに。
喉元へ。一番“効く”場所へ。
ユウナの言葉が、脳裏を雷鳴のごとくよぎる。
――当てられそうなところのうち、一番効きそうなところに当てる。それだけよ。
ただ、それだけを実行する。
一閃。
白銀の光が、空間を裂いた。
「……っ」
メイベルの目が見開かれる。
トルーパーの分厚い皮を断ち切り、喉元へ深々と刃が食い込んでいた。
一拍遅れて。
巨体が、ぐらりと天を仰いだ。
リーダーを巻き込み、押し潰すように倒れかかるその身体から、メイベルは慌てて距離を取った。
どしゃり、と。
重い地響きを立てて、トルーパーが地面に沈む。
動かない。
やがて、喉からの鮮血が土を染め、完全なる沈黙が戦場を支配した。
「……勝った……」
自分の口から漏れた声は、掠れていて、ひどく小さかった。
剣を握ったまま、メイベルの膝がガクガクと震える。もはや立っていることさえおぼつかない。
全身から、張り詰めていた糸が切れるように力が抜けていく。
だがその直前、下敷きになりかけていたリーダーが、泥を吐き出しながら笑った。
「……やった、な……!」
「……はい……っ!」
メイベルの返事は、今にも泣き出しそうな震えを帯びていた。
その時、後方に下がっていた二人の冒険者が歓声を上げながら駆け寄ってきた。
「すごいっス! あんた、マジですごいっス!」
「やった、やったぞ! 生き残ったんだ!」
街道に、勝利の空気が満ちていく。
それは吟遊詩人が歌い上げるような、華やかで美しい勝利ではない。
泥にまみれ、血に汚れ、息も絶え絶えになりながら、無様に、けれど必死に手繰り寄せた泥臭い勝利。
だが確かに。
この勝利は、メイベルが自らの意志で、自らの手で掴み取った“現実”だった。




