第4話 変異種⑤
変異種は雷に焼かれ、巨体の一部を半ば崩しながらも、なお立っていた。
だが、その姿はもう明らかに揺らいでいる。
膨大だった圧は薄れ、暴威の中心に綻びが生まれていた。
ユウナは鋭く息を吐き、最後の踏み込みへ移る。
「賦術【パラライズミストSS】行使!」
踏み込むと同時に賦術を発動。
腰につけたカードホルダーから、緑色のカードを取り出して投げつける。
カードが霧となり、変異種の全身を絡みつくように覆った。
変異種の動きが目に見えて鈍った。
しかし、碌な集中もなしに発動した賦術は不完全で、その拘束力は僅かな時間しか発揮されない。
だが最終局面となった今、そのひと時で十分。
「《魔力撃》――!」
刃に魔力が奔流のように流れ込む。
「《全力攻撃Ⅱ》!!」
筋力。
魔力。
体重。
踏み込み。
そのすべてを、一点へ集束させる。
ズン!
突き出された大剣が、変異種の頭部へ深々と突き刺さった。
硬質な外殻を貫き、さらにその奥――内側へ届く感触。
確かな手応えが、腕に返ってくる。
ユウナは止まらない。
そのまま剣を押し込む。
足場が砕ける。
腕が軋む。
肩が悲鳴を上げる。
それでも、なお押す。
「――っ、はぁああああああ!!」
「GYAAAAAAAAA!!!!」
変異種が絶叫した。
黒い血が噴き出し、内部に溜め込まれていた魔力が暴発しかける。
だが、ユウナは刃をねじ込んだまま叫ぶ。
「ルシエラ!!」
視線は一瞬たりとも逸らさない。
「キルマークはあげるわ!」
もしここで仕留め損なえば、次の反撃は致命傷になる。
それでも迷いはない。
「任せたわよ!!」
押し込んだ剣を支点にして、変異種の頭部を強引に固定する。
巨体の動きが、わずかに止まる。
その瞬間――
戦場の主役は、ルシエラへ渡された。
ルシエラは地を駆ける。
最後の一撃。
外せば終わる。
仕留めきれなくても終わる。
土を蹴り、裂けた地面を飛び越え、一直線に巨体へ迫る。
そのまま跳ぶ。
これはユウナの、ルシエラがこれから自分と共に戦えるかと言う問いかけ。
同時に…同じ境遇に遭いながら…乗り越えた者とこれから乗り越える者の、出会ったばかりでありながらもなお惹き合う、確信を伴った信頼の証。
「証明――」
呼気が弾ける。
両手で握った大剣に、残るすべての力を込める。
「してみせる!!」
振り下ろされた一撃は、自分の腕の限界すら顧みない全力だった。
変異種の角を砕き、頭部を割り、ユウナがこじ開けた死線へ深々と叩き込まれる。
剣を振り抜いた、その瞬間。
音が消えた。
変異種は断末魔すら上げられなかった。
剣が頭部の半分を断ち切っていた。
次の瞬間、大地が揺れる。
倒れ伏した巨体の衝撃で砂塵が舞い、折れた木々が軋んだ。
ルシエラは荒い息のまま立っていた。
握る剣の先から、黒い血が滴っている。
数秒間、荒い呼吸だけを繰り返す。
それからゆっくりと振り返った。
ユウナと視線が合う。
言葉はない。
けれど、答えはすでに示されていた。
焦げた匂い。
裂けた大地。
折れた木々。
戦場の中心に、二人だけが立っている。
ユウナはゆっくりと大剣を引き抜いた。
刃から滴る黒い血が、ぽたり、ぽたりと地面へ落ち、土へ吸い込まれていく。
深く息を吐く。
そして――
「合格よ」
短い一言だった。
だがそこに込められたものは、どんな長い称賛よりもはるかに大きい。
ユウナが手を上げる。
戦闘の余韻をまだ宿したままの手。
ルシエラは一瞬だけ目を細め、そして迷わずその手を叩いた。
――ぱぁん!
乾いて、澄んだ音が森に響く。
咆哮とは違う。
雷鳴とも違う。
軽やかで、確かな音。
それが終戦の合図だった。
そしてユウナが笑う。
満面の笑みだった。
冷静で。
合理的で。
打算的で。
皮肉屋で。
そんな彼女が、今まで見せたことのない顔。
目尻が下がり、口元が大きく弧を描く。
「……悪くないわね」
小さく。
けれど確かに喜びをにじませた声で呟いた。
その表情、その声は、ソロで戦っていた頃には決して存在しなかったものだった。
勝っても一人。
生き残っても一人。
達成感はあっても、共有する相手はいなかった。
だが、今は違う。
隣に立っている。
死線を共に越えた者がいる。
命を預け、命を託し、最後の一撃を任せた相手がいる。
ルシエラもまた、そんなユウナの笑顔を見て、自然と笑っていた。
戦いは終わった。
けれどこの勝利は、ただ強大な魔物を討ち果たしたというだけではない。
これは――
二人が本当の意味で相棒になった瞬間だった。




