表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/17

第4話 変異種⑤

 変異種は雷に焼かれ、巨体の一部を半ば崩しながらも、なお立っていた。

 だが、その姿はもう明らかに揺らいでいる。

 膨大だった圧は薄れ、暴威の中心に綻びが生まれていた。


 ユウナは鋭く息を吐き、最後の踏み込みへ移る。

「賦術【パラライズミストSS】行使!」

 踏み込むと同時に賦術を発動。

 腰につけたカードホルダーから、緑色のカードを取り出して投げつける。


 カードが霧となり、変異種の全身を絡みつくように覆った。

 変異種の動きが目に見えて鈍った。

 しかし、碌な集中もなしに発動した賦術は不完全で、その拘束力は僅かな時間しか発揮されない。


 だが最終局面となった今、そのひと時で十分。


「《魔力撃》――!」


 刃に魔力が奔流のように流れ込む。


「《全力攻撃Ⅱ》!!」


 筋力。

 魔力。

 体重。

 踏み込み。

 そのすべてを、一点へ集束させる。


 ズン!


 突き出された大剣が、変異種の頭部へ深々と突き刺さった。


 硬質な外殻を貫き、さらにその奥――内側へ届く感触。

 確かな手応えが、腕に返ってくる。


 ユウナは止まらない。


 そのまま剣を押し込む。


 足場が砕ける。

 腕が軋む。

 肩が悲鳴を上げる。

 それでも、なお押す。


「――っ、はぁああああああ!!」


「GYAAAAAAAAA!!!!」

 変異種が絶叫した。


 黒い血が噴き出し、内部に溜め込まれていた魔力が暴発しかける。

 だが、ユウナは刃をねじ込んだまま叫ぶ。


「ルシエラ!!」


 視線は一瞬たりとも逸らさない。


「キルマークはあげるわ!」


 もしここで仕留め損なえば、次の反撃は致命傷になる。

 それでも迷いはない。


「任せたわよ!!」


 押し込んだ剣を支点にして、変異種の頭部を強引に固定する。

 巨体の動きが、わずかに止まる。


 その瞬間――


 戦場の主役は、ルシエラへ渡された。


 ルシエラは地を駆ける。


 最後の一撃。

 外せば終わる。

 仕留めきれなくても終わる。


 土を蹴り、裂けた地面を飛び越え、一直線に巨体へ迫る。

 そのまま跳ぶ。


 これはユウナの、ルシエラがこれから自分と共に戦えるかと言う問いかけ。

 同時に…同じ境遇に遭いながら…乗り越えた者とこれから乗り越える者の、出会ったばかりでありながらもなお惹き合う、確信を伴った信頼の証。


「証明――」


 呼気が弾ける。

 両手で握った大剣に、残るすべての力を込める。


「してみせる!!」


 振り下ろされた一撃は、自分の腕の限界すら顧みない全力だった。


 変異種の角を砕き、頭部を割り、ユウナがこじ開けた死線へ深々と叩き込まれる。


 剣を振り抜いた、その瞬間。


 音が消えた。


 変異種は断末魔すら上げられなかった。

 剣が頭部の半分を断ち切っていた。


 次の瞬間、大地が揺れる。

 倒れ伏した巨体の衝撃で砂塵が舞い、折れた木々が軋んだ。


 ルシエラは荒い息のまま立っていた。

 握る剣の先から、黒い血が滴っている。


 数秒間、荒い呼吸だけを繰り返す。


 それからゆっくりと振り返った。


 ユウナと視線が合う。


 言葉はない。

 けれど、答えはすでに示されていた。


 焦げた匂い。

 裂けた大地。

 折れた木々。


 戦場の中心に、二人だけが立っている。


 ユウナはゆっくりと大剣を引き抜いた。

 刃から滴る黒い血が、ぽたり、ぽたりと地面へ落ち、土へ吸い込まれていく。


 深く息を吐く。


 そして――


「合格よ」


 短い一言だった。

 だがそこに込められたものは、どんな長い称賛よりもはるかに大きい。


 ユウナが手を上げる。

 戦闘の余韻をまだ宿したままの手。


 ルシエラは一瞬だけ目を細め、そして迷わずその手を叩いた。


 ――ぱぁん!


 乾いて、澄んだ音が森に響く。


 咆哮とは違う。

 雷鳴とも違う。

 軽やかで、確かな音。


 それが終戦の合図だった。


 そしてユウナが笑う。


 満面の笑みだった。


 冷静で。

 合理的で。

 打算的で。

 皮肉屋で。


 そんな彼女が、今まで見せたことのない顔。


 目尻が下がり、口元が大きく弧を描く。


「……悪くないわね」


 小さく。

 けれど確かに喜びをにじませた声で呟いた。


 その表情、その声は、ソロで戦っていた頃には決して存在しなかったものだった。


 勝っても一人。

 生き残っても一人。

 達成感はあっても、共有する相手はいなかった。


 だが、今は違う。


 隣に立っている。

 死線を共に越えた者がいる。

 命を預け、命を託し、最後の一撃を任せた相手がいる。


 ルシエラもまた、そんなユウナの笑顔を見て、自然と笑っていた。


 戦いは終わった。

 けれどこの勝利は、ただ強大な魔物を討ち果たしたというだけではない。


 これは――


 二人が本当の意味で相棒になった瞬間だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ